猿袋村(読み)さるぶくろむら

日本歴史地名大系 「猿袋村」の解説

猿袋村
さるぶくろむら

[現在地名]茂原市猿袋

さん村の東に位置し、北を東流する鶴枝つるえ川は村の北東端で一宮いちのみや川に合流する。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に猿袋村とみえ、高一二四石。元禄二年(一六八九)頃は幕府領、同一五年には五三石余が旗本坪内領となっている(岡本家文書)元禄郷帳では高一四四石余。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では旗本橘・坪内・土屋領の相給で、家数三七。領主は以後変化なく幕末に至ったと思われる(旧高旧領取調帳など)。元禄二年の差出帳(岡本家文書)によると、中田二町五反余(分米三〇石余)・下田七町三反余(分米五一石余)・中畑一反余(分米九斗余)・下畑一三町七反余(分米四一石余)・屋敷五反余(分米五石余)、下田一畝余の分米九升余は祭礼入用として免除されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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