猿貝貝塚(読み)さるかいかいづか

日本歴史地名大系 「猿貝貝塚」の解説

猿貝貝塚
さるかいかいづか

[現在地名]川口市安行

大宮台地南端の鳩ヶ谷支台東部に位置する。台地上の標高は約一六メートル。貝塚は低地溺れ谷に北面する台地肩部から斜面部にかけて形成されている。大正から昭和にかけて山内清男・甲野勇・八幡一郎らを中心とした編年学派は縄文式土器の型式編年確立に尽力していたが、当貝塚はその研究の重要な舞台となった。大正八年(一九一九)に山内清男は貝塚の一部を調査し、その時の出土土器を標式資料とし、縄文時代後・晩期の型式である「安行式」を設定した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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