改訂新版 世界大百科事典 「ハマグリ」の意味・わかりやすい解説
ハマグリ (蛤)
Meretrix lusoria
マルスダレガイ科の二枚貝。ハマグリの名は全体が黒褐色をした個体をクリにたとえて浜栗といったという説がある。しかし,小石のことをグリというので砂中に潜っているのを小石にたとえてハマグリとしたというのが正しいようである。殻の長さ8cm,高さ6.5cm,膨らみ3.5cmに達する。丸みのある三角形で殻頂はやや前方に寄り,腹縁はゆるやかに丸く湾曲する。殻表は平滑で光沢があり,成長脈は弱い。殻表の模様は個体によって変異が大きく,黄色の地に殻頂から太い2本の黒褐色の放射帯のある型,多くの細い放射帯のある型,全面に小さい斑点のある型,全体が黄白色または栗褐色の型などがある。殻頂の後に黒褐色の靱帯がある。殻の内面は白色。かみ合せには強い歯がある。外套(がいとう)線の後方の湾入は小さく浅い。
北海道南部から九州に分布し,内湾の潮間帯下部から水深10mくらいまでの砂泥底にすむ。夏季水温23~27℃で産卵し,幼生は多少塩分の低いところで育ち,しだいに沖へ移る。移動するときにゼラチン状の紐を出して,その浮力によって浮き,それが波にゆられて移動する。この紐のことをハマグリが気を吐いたとして〈蛤の蜃気楼〉という。養殖をするときは移動するので囲いをする。幼貝は1年で2cm,2年で3.5cm,3年で5cmくらいに成長する。
古来食用とされ貝塚から多数の殻が出土するが,秋から翌春までが味がよく,とくに春がしゅんである。殻のかみ合せは他の貝とは合わないため,貞節,夫婦和合を意味するとして結婚式などの祝事に用いられる。また,殻の内側に金銀泥などで人物草花などを描き,一方の殻を地貝としてならべ,他方の貝を出貝として左右両殻を合わせる遊戯の貝覆(貝合(かいあわせ))は江戸時代には上流家庭に流行し,その貝殻は豪華な嫁入道具の一つになった。ハマグリの学名のMeretrixは遊女の意で,lusoriaは遊んでいるということで,命名者が貝覆を遊女の遊びと思ったことによる。
チョウセンハマグリM.lamarckiiはハマグリに似ているが,殻は厚く,膨らみは弱い。殻表に放射状の色帯がない。殻の長さ9.5cm,高さ7cm,膨らみ4cmに達する。九十九里浜など外海の砂底に産する。碁の上等な白石はこの殻からつくられるのでゴイシハマグリの別名もある。
また,シナハマグリM.petechialisは朝鮮半島西岸や中国沿岸に分布している。ハマグリに似るが,腹縁はいっそう丸みがある。輸入されており,魚店で売られているハマグリは多くはこの種である。蛤は春の季語である。
執筆者:波部 忠重
料理
《日本書紀》景行天皇53年の記事に〈白蛤(うむぎ)を膾(なます)に為(つく)りて〉とあり,この白蛤はハマグリとされるから,ハマグリは《播磨国風土記》に見えるカモの羹(あつもの)とともに,文献上日本最古の料理の素材という位置をしめることになる。現在では潮(うしお)汁,酒蒸し,しぐれ煮,すし種などにひろく用いられるが,《本朝食鑑》(1697)は焼くのがもっともよく,煮食,生食がそれにつぐとしている。また,焼きハマグリは松ぼっくりをたいて焼くのがいいとする。〈その手は桑名の焼蛤〉の語があるほどに,東海道桑名の焼きハマグリは喧伝されたもので,それが松ぼっくりの火で焼いたことは《東海道中膝栗毛》などにも見られる。家庭でつくる場合は,殻のちょうつがいを包丁で切り,殻の両面にたっぷり塩を振って金網にのせて焼く。これで,焼けた殻がはね上がるのを防ぎ,塩が乾いたところで熱いうちに供する。
執筆者:鈴木 晋一
民俗・伝承
日本
ハマグリの肉汁はやけどなどの薬ともされたらしい。貝殻は近代まで薬の容器として用いられた。また,碁石の材料ともなった。昔話の中には,〈蛤女房〉の話があり,ハマグリが押しかけ女房として男のもとを訪れて何らかの恩恵を施して去るという異類婚姻譚の一つとなっている。蛤女房譚には,蛤女房が美味な料理や汁をつくるが,夫になべにまたがって小便をする姿を見られてしまい,ハマグリとなって去るという〈料理をする女房〉型と,ハマグリから生まれた蛤姫がじょうずに機を織り男を富裕にさせて去るという〈機織〉型とがある。前者は,ハマグリの味や生態に基づく話とも思われるが,後者の話は霊魂を宿すものとしてのハマグリの信仰が見られる。またすでに室町時代の御伽草子に《蛤の草紙》があり,孝行の徳を強調した仏教的色彩の濃い物語となってはいるが,内容的には蛤女房の機織型にきわめて近似した話となっている。
執筆者:千葉 徳爾+飯島 吉晴 ハマグリが日本の文献で初めて登場するのは《古事記》で,八十神たちにねたまれた穴牟遅(おおなむち)神が焼石で仮死状態にされたとき,蛤貝比売(うむがいひめ)と𧏛貝比売(きさがいひめ)が協力し,母乳汁(おものちしる)を塗ってやけどのあとをいやし美男にする話である。母乳汁による治療とは,おそらく貝の分泌液のことであろう。なお,貝殻は焼いて粉末にし,喘息や胸痛,悪寒発熱,陰痿(いんい),煩満などの治療薬とした。《医心方》は巻三十の五宍部に海蛤をあげ,《説文》を引用して〈千歳のツバメが化して海蛤となる〉と記している。《本草拾遺》は海蛤とは海中で爛殻(くちたるかひ)となったもので,長く砂泥にあって風波に洗われ円く清らかになったのであるとし,文蛤はまだ殻に文様があるものと説く。
執筆者:槇 佐知子
中国
〈蛤蜊〉〈文蛤〉とも書く。《礼記(らいき)》月令に〈爵(すずめ)大水に入りて蛤となる〉〈雉(きじ)大水に入りて蜃(おおはまぐり)となる〉とあり,古代中国では,はまぐりはスズメやキジの化身したものと信じられていた。《呂氏春秋》精通篇に〈月望すれば則ち蚌蛤実ち,月晦なれば則ち蚌蛤虚し〉とあるように,月と関係が深く,月の満ち欠けに従って身が太り,またなくなるともいわれた。光の異常屈折による自然現象〈蜃気楼〉は,蜃が吐き出す気によって海面に現出する楼台だと解されていた。唐の《酉陽雑俎(ゆうようざつそ)》《杜陽雑編》などに見える,殻の中から仏像が出現したという〈蛤像〉〈蛤蜊観音〉の説話は,ある種の二枚貝にままできる真珠を仏像に見たてたのか,仏像を核にして挿入し貝の真珠層におおわせる古俗があったためであろう。江南の一部の地方で,日本の〈はまぐり女房〉と同型の昔話が伝わっている。殻を焼いた灰を湿気防止に壁の塗料に用いたり,殻を粉にした〈蛤粉〉を薬材にした。
執筆者:鈴木 健之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報