王正廷(読み)おうせいてい(その他表記)Wang Zheng-ting

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「王正廷」の意味・わかりやすい解説

王正廷
おうせいてい
Wang Zheng-ting

[生]光緒8(1882).7.25. 浙江,奉化
[没]1961.5.21. 九竜
中国の外交官。天津の北洋学堂を卒業し,日本に渡って中華基督教青年協会分会を組織するとともに中国革命同盟会に加入。アメリカのミシガン大学に留学し,のち転校してエール大学を卒業,宣統3 (1911) 年帰国。 1912年唐紹儀内閣の工商部次長,1913年参議院副議長,1918年広東政府のアメリカ駐在代表となり,1919年北京政府からパリ講和会議の中国側全権代表として派遣された。 1923~25年三たび外交総長に任命され,山東交渉,中ソ国交回復交渉にあたった。 1928年国民政府外交部長となり,いわゆる革命外交を推進し,不平等条約撤廃に努力したが,1931年満州事変勃発後,抗日学生に襲われ負傷して辞任。 1936~38年アメリカ駐在大使となり,帰国後重慶にあって中国紅十字会会長を務め,1949年ホンコンに移り引退した。

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