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琉璃廠 るりしょう Liú lí chǎng

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世界大百科事典 第2版の解説

るりしょう【琉璃廠 Liú lí chǎng】

中国,北京の商店街。名は明代に五色琉璃瓦の窯があったことにちなむ。外城の西より,正陽門の南西方にあたる。乾隆(在位1735‐95)ころより書籍,文房四宝書画骨董などの専門店が集まってきて東西約1kmの胡同(小路)の両側に軒をつらね,中国文化の粋をあつめた市場として内外に名を馳せるにいたった。栄宝斎の彩色木版画のように,解放後に質的飛躍をとげた面もある。現在は区画整理にともなうビル化に象徴されるように,街の面影も店頭の商品も大きく変わりつつある。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の琉璃廠の言及

【乾隆ガラス】より

…中国,清代乾隆帝の時代のガラス器。中国のガラスの歴史は紀元前11世紀の西周にはじまるとされているが,戦国時代から宋代になるまで鉛ガラスが主であった。つくられた器物は西洋に比べて劣っていたが,明代になって西洋のガラス製造の技術が導入され,首都北京にガラス器の工場ができた。清の康熙帝の1680年,宮廷用の工場として瑠璃廠(るりしよう)がつくられ,乾隆帝の時代に技術は最高潮に達した。製品は瓶,壺,鉢,嚊煙壺(かぎタバコ入れ)などで,白色不透明または半透明のガラスの上に緑,赤,黄などの色ガラスを厚くかけた後,この色ガラスを玉器の細工のように浮彫りにして草花,人物などを表現したものが特徴的である。…

【北京】より

…以上昌平県),湯山温泉,周口店遺跡,石経山(以上房山県)などもみな北京直轄市の境域に属している。また旧市内にもどれば,書画骨董や文房具の町である琉璃廠(るりしよう),北京最大の百貨集中地として知られた東風市場(旧名は東安市場),あらゆる遊芸の中心,庶民の歓楽地である天橋の名を忘れることはできない。 次に北京は1952年以来,直轄市として市域が拡張された結果,相当の農地を含むこととなり,76の人民公社が組織されている。…

※「琉璃廠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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