日本大百科全書(ニッポニカ)「区画整理」の解説
区画整理
くかくせいり
土地区画整理法に基づく区画整理(土地区画整理)と、土地改良法に基づく区画整理(圃場(ほじょう)整備)の二つがある。土地区画整理は市街地整備、開発事業の一種で、1954年(昭和29)に制定された土地区画整理法により、都市計画区域内で、宅地利用の増進と公共施設の整備改善という二つの目的をもって、土地区画の境界線などの状況の変更、公共施設の新設変更を行い、良好な市街地を造成する事業である。明治以来この事業で形成された市街地は、2001年(平成13)3月31日現在で、施工中の地区を含め38.8万ヘクタール、日本のDID地区(既成市街地)の約3分の1を占め、日本の市街地形成に重要な役割を果たしている。
土地区画整理は、土地区画整理法第2条に「都市計画区域内の土地について、公共施設の整備改善及び宅地の利用増進を図るため、土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更に関する事業」と定義されている。また、同法第1条に「健全な市街地の造成を図り、もって公共の福祉に資すること」とその目的が定められている。
「健全な市街地の造成」とは、安全性、快適性、利便性等を兼ね備えた市街地を整備することをいう。
土地区画整理の仕組みをひとことで表すとすれば、「整備が必要とされている市街地等において、その一定の区域内で土地所有者等がその土地の面積や位置などに応じて、少しずつ土地を提供(減歩(げんぶ))し、これを道路・公園・水路等の公共施設用地(公共減歩)と、売却して事業費の一部に充当される保留地(保留地減歩)にあて、これを整備することにより残りの土地(宅地)の利用価値を高め、健全な市街地とする事業」ということができる。この仕組みのなかで、土地所有者等から少しずつ提供された公共施設用地等は所要の位置に配置され、宅地は公共施設にあわせて再配置(換地)されることになる。この手法を「換地手法」という。
換地は原則として市街地を整備する前のそれぞれの宅地に見合うように定めることになっている(照応の原則)が、技術的理由により若干の不均衡が生ずることは避けられない。このため、それぞれの換地間の不均衡を、価値に応じて金銭により調整(清算金)する方法がとられている。
土地区画整理は19世紀ドイツに始まり、20世紀初めにはドイツ全都市で実施されるようになった。日本では1889年(明治22)東京で市区改正条令が制定され、宅地の区画改良が始められた。97年に「土地区画改良に係る件」が公布され宅地改良が行えるようになったが、1909年(明治42)耕地整理法改正で「土地区画改良に係る件」が廃止され、土地区画整理はその道が閉ざされた。19年(大正8)都市計画法が制定され、都市計画区域で耕地整理法を準用して土地区画整理ができるようになった。23年に関東大震災があり、東京・横浜の復興のため特別都市計画法が制定された。46年(昭和21)には第二の特別都市計画法により第二次世界大戦による戦災都市復興のための土地区画整理が大規模に実施された。54年に土地区画整理法が制定され、全国各地で本格的に実施されるようになった。
土地区画整理の施行者は、個人、組合、公共団体、国土交通大臣、独立行政法人都市再生機構および地方住宅供給公社である。組合の場合は、一定地域の土地権利者の3分の2以上の賛成で実施できる。
[四日市正俊]
『『土木工学大系31 土地開発』(1978・彰国社)』▽『土地区画整理誌編集委員会編『土地区画整理のあゆみ――土地区画整理法施行40年記念』(1996・日本土地区画整理協会)』▽『区画整理・再開発対策全国連絡会議編『新・区画整理対策のすべて』(1998・自治体研究社)』▽『大阪市・大阪市都市整備協会編『実務者のための100のまちづくり手法』(1999・大阪市都市整備協会)』▽『若園武著『区画整理物語』(1999・新風社)』▽『梶原文男著『土地区画整理事業の保留地配置』(1999・技報堂出版)』▽『下村郁夫著『土地区画整理事業の換地制度』(2001・信山社出版)』▽『国土交通省都市・地域整備局監修、市街地整備法制研究会編『市街地再開発・土地区画整理事業の新たな展開――改正都市再開発法等の解説』(2002・ぎょうせい)』▽『土地区画整理法制研究会編『よくわかる土地区画整理法』(2003・ぎょうせい)』▽『国土交通省都市・地域整備局市街地整備課監修、土地区画整理法制研究会編『土地区画整理法令要覧』各年版(ぎょうせい)』