瑞慶覧村
じきらんむら
[現在地名]北中城村瑞慶覧
喜舎場村の西にあり、南は安谷屋村、北・西は北谷間切に接する。佐阿良川が北西へ流れる。集落は吉元を中心とする数ヵ所の門中の先祖によって創始されたという。絵図郷村帳に「ぜけらん村」とみえる。琉球国高究帳にも「ぜけらん村」とあり、高頭一九二石余、うち田九一石余・畠一〇〇石余。一八世紀末の作製とされる間切集成図では南側に馬場と樋川が描かれている。脇地頭は天啓五年(一六二五)一二月二三日から崇禎一二年(一六三九)頃まで久米村系の林氏(名嘉山家)七世林国用儀間金城親雲上が(林姓名嘉山家家譜)、康熙三七年(一六九八)一一月九日から同三八年頃まで蘇氏(奥島家)四世蘇世盛小橋川親雲上憲治が(蘇姓奥島家家譜)、それぞれ任職している。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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