環昌一(読み)タマキ ショウイチ

20世紀日本人名事典 「環昌一」の解説

環 昌一
タマキ ショウイチ

昭和・平成期の弁護士 元・最高裁判事。



生年
明治45(1912)年4月12日

没年
平成5(1993)年3月8日

出生地
徳島県小松島市

学歴〔年〕
東京帝大法科〔昭和11年〕卒

主な受賞名〔年〕
勲一等瑞宝章

経歴
昭和12年判事任官。戦後法務庁で会社法の改正に取り組む。25年弁護士に。「イタイイタイ病訴訟」などで主に企業側代弁者として訴訟を引き受ける。また「チャタレイ事件」では実弟で大阪高裁判事の直弥らと弁護を担当し、名をあげた。51年から6年間最高裁判事をつとめ、56年の大阪空港騒音公害訴訟では住民サイドに立つ反対意見を書いた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「環昌一」の解説

環昌一 たまき-しょういち

1912-1993 昭和-平成時代の裁判官,弁護士。
明治45年4月12日生まれ。東京,徳島などの地裁判事,最高裁調査官などをへて,昭和25年弁護士に転じ,チャタレイ裁判の弁護人をつとめる。51年最高裁判事。夜間離着陸差し止めの訴えを却下した大阪空港騒音公害訴訟判決で,人権尊重の観点から反対意見をのべた。57年弁護士に復帰。平成5年3月8日死去。80歳。徳島県出身。東京帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「環昌一」の解説

環 昌一 (たまき しょういち)

生年月日:1912年4月12日
昭和時代;平成時代の弁護士。最高裁判事
1993年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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