刑事訴訟において選任され、もっぱら被疑者・被告人のために弁護をなすことを任務とする者をいう。ここにいう弁護とは、訴訟において被疑者・被告人の正当な利益を擁護することである。被疑者・被告人の利益を擁護するについては、実質的弁護と形式的弁護とに区別される。捜査機関も被疑者・被告人の利益となる事実を捜査する義務があるし、裁判官もその利益を擁護する義務がある。これを実質的弁護とよぶ。職権主義の訴訟構造からすれば、実質的弁護が弁護権の内容となる。これに対して、弁護人による弁護を形式的弁護とよぶ。とくに当事者主義の訴訟構造の下では、形式的弁護が弁護権の中心となる。当事者主義の訴訟構造を採用している日本の刑事訴訟においては、被疑者・被告人が弁護人を依頼し、弁護人から有効な弁護を受けることのできる権利を弁護権とよぶことができる。
[田口守一 2018年4月18日]
弁護権拡充の歴史は、刑事訴訟の歴史そのものであった。日本においても、1880年(明治13)の治罪法の下で初めて弁護人制度ができたが、弁護人を依頼できるのは公判被告人のみであった。1922年(大正11)の大正刑事訴訟法によって起訴後であれば予審段階でも弁護人を依頼することができるようになり、1948年(昭和23)の現行法に至って被疑者も弁護人を依頼することができるようになった。
憲法第34条は、身柄を拘束された者の弁護人依頼権を保障し、刑事訴訟法では、身柄を拘束されている被疑者は、裁判所・刑事施設の長等に弁護士または弁護士会を指定して弁護人の選任を申し出て、裁判所・刑事施設の長等がただちにこれを弁護士または弁護士会に通知することとなっている(刑事訴訟法207条1項により、被告人に関する同法78条が、被疑者にも準用される)。しかし、この場合、弁護士がこれに応じない限り被疑者は弁護人を選任することはできない。そこで、被疑者が弁護人の選任を希望した場合に、弁護士会が特定の弁護士を推薦する刑事弁護人推薦制度や当番弁護士制度が実施されてきたが、この場合の弁護人は私選弁護人であり、資力のない被疑者は弁護人を選任することはできなかった。これを補う刑事被疑者弁護人援助制度も十分でなかった。
このような被疑者に対する弁護権の保障を抜本的に改革したのが、2000年代の司法制度改革である。2004年(平成16)、改正刑事訴訟法が被疑者に対する国選弁護人制度を創設するとともに、新たに制定された総合法律支援法は公的弁護制度の運営主体として日本司法支援センター(愛称「法テラス」)を設置して、その資本金は政府が出資するものとした。これらの改革により、被疑者段階と被告人段階を通じて一貫した弁護体制が整備された。
[田口守一 2018年4月18日]
私選弁護人と国選弁護人とがある。私選弁護人の選任権者は、被疑者(刑事訴訟法30条1項)のほか、被疑者の法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族および兄弟姉妹である(同法30条2項)。弁護人は、弁護士のなかから選任するのが原則であるが(同法31条1項)、裁判所の許可を得て、弁護士でない者を特別弁護人として選任することができる(同法31条2項)。ただし、判例は、特別弁護人の選任が許されるのは、公訴が提起された後に限られるとしている。私選弁護人を選任するには、被疑者と弁護人が連署した書面を検察官または司法警察員に提出して行う(刑事訴訟規則17条)。身柄を拘束されている場合には、前述したように、刑事施設の長等に弁護人の選任を申し出る。被疑者が身柄を拘束されている場合には、被疑者に対する弁護人選任権の告知がなされる(刑事訴訟法203条、204条、211条、216条)。この場合、身柄拘束を受けている被疑者の弁護人選任権の保障をより確実なものとするために、2016年の刑事訴訟法改正により、捜査機関は弁護人選任権の告知の際に、弁護士、弁護士法人または弁護士会を指定して弁護人の選任を申し出ることができることおよびその申出先を教示しなければならないこととされた(同法203条3項、204条2項)。
被疑者の国選弁護人制度は、被疑者の請求による場合と職権による場合とがある。請求による選任は、被疑者に対して勾留状(こうりゅうじょう)が発せられている場合において、被疑者が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき、裁判官が、その請求により被疑者のために弁護人を付さなければならないとされている(同法37条の2第1項)。2016年の刑事訴訟法改正までは、国選弁護人の選任を請求できる事件が死刑または無期もしくは長期3年以上の懲役もしくは禁錮にあたる事件に限られていたが、上記法改正によりこの限定がなくなり、すべての事件について一定要件の下で国選弁護人の選任を請求することができることとなった。被疑者の国選弁護人の選任請求権をより確実なものとするために、検察官は、被疑者の勾留請求の際に、国選弁護人選任請求に関する諸事項(国選弁護人選任請求権、資力要件、私選弁護人前置主義、申出方および申出先等)を教示しなければならない(同法204条3項)。また、勾留の請求を受けた裁判官も、同じく国選弁護人選任請求に関する諸事項を教示しなければならない(同法207条2項・3項)。職権による選任は、裁判官が、精神上の障害その他の事由により弁護人を必要とするかどうかを判断することが困難である疑いがある被疑者について、必要があると認めるときになされる(同法37条の4)。
捜査段階における弁護人の権利としては、接見交通権、勾留理由開示請求権、勾留取消請求権、勾留・押収等の裁判に対する準抗告権、接見制限・押収処分等に対する準抗告権、証拠保全請求権などがある。
[田口守一 2018年4月18日]
私選弁護人の選任手続は、基本的に被疑者の私選弁護人の場合と同じである。国選弁護人には、必要的な場合と任意的な場合がある。
必要的国選弁護には、被告人の請求による場合と職権による場合とがある。請求による選任は、被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき、裁判所が、その請求により国選弁護人を付する(同法36条)というもので、憲法第37条第3項に基づく国選弁護制度である。職権による選任は、死刑または無期もしくは長期3年を超える懲役もしくは禁錮にあたる事件(いわゆる必要的弁護事件)を審理する場合には、弁護人がいなければ開廷することができない(刑事訴訟法289条1項)ため、弁護人がいないか、弁護人がいても不出頭のときに、裁判所が職権で弁護人を付する(同法289条2項)ものである。
任意的国選弁護は、被告人が未成年であるとき、年齢70歳以上であるとき等、とくに保護を要する被告人であって、その被告人に弁護人がいないとき等には、裁判所は職権で弁護人を付することができる(同法37条)というものである。
弁護人の権利としては、その固有権として、接見交通権、訴訟書類・証拠物の閲覧謄写権、鑑定立会権、上訴審における弁護権などがある。被告人と重複する権利として、捜索差押状の執行立会権、検証立会権、第一審公判における最終陳述権、共同被告人に対する質問権などがある。代理権としては、被告人の意思に反しない限り、被告人のなしうるすべての訴訟行為を代理することができる包括的代理権のほか、被告人の意思に反しても許される代理権(いわゆる独立代理権)として、勾留理由開示請求権、勾留取消しまたは保釈請求権、証拠保全請求権、公判期日変更請求権、証拠調請求権、異議申立権などがある。
[田口守一 2018年4月18日]
刑事訴訟において被告人(または被疑者。以下原則として同じ)の弁護を担当することを職務とする補助者。被告人には当事者として種々の権利が与えられているが,法律的知識の欠如や事実上の制約のため,自己の防御を十分になしうるとは限らない。そこで,被告人の正当な利益を擁護するため弁護人が必要とされるのであり,憲法は基本的人権の一つとして弁護人依頼権を保障した(正確には,34条および37条3項により,被告人および身柄拘束を受ける被疑者の弁護人依頼権が保障された。刑事訴訟法30条1項は起訴の前後および身柄拘束の有無を問わず弁護人選任権を認めた)。弁護人は,弁護活動を通じて刑事司法の公正な運営に協力する者であるから,その意味では公的な地位を有するが,当事者主義の構造をとる現行法制においては,強大な捜査権限に支えられた検察官に対比して劣弱な地位にある被告人を実質的にも対等な当事者にすべく,検察官に対し当事者抗争的に防御を行うこと(adversary system)がその主要な任務である。弁護人は,その限度で真実の発見に協力するにすぎないから,被告人の意思に反して不利益な証拠を提出すべきではないし,被告人が真犯人であることを知っていても公判に提出された証拠の弱点をつくなどして無罪の弁論をしてさしつかえない。また,黙秘は被告人の権利であるから,これをすすめるのも正当である。ただし,弁護人は,被告人の私的利益の代弁者ではないから,真実に反して否認することをすすめたり,積極的に虚偽の証拠を提出したりすることはできないし,被告人が他人の身代りとなるのを望んでいても,被告人の正当な利益のために無罪立証に努めるべきである。
被告人は,いつでも弁護人を選任することができる(刑事訴訟法30条1項)。弁護人選任権を実質的に保障するため,逮捕(203条1項,204条1項,211条,216条),勾引(76条),勾留(77条)されたとき,および公訴が提起されたとき(272条)に,選任権が告知される。被告人自身が選任することが困難である場合がありうることを考慮して,その法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族および兄弟姉妹にも選任権が与えられている(30条2項)。弁護人に選任されるのは,原則として弁護士であるが(31条1項),簡易裁判所,家庭裁判所または地方裁判所においては,裁判所の許可を得て,弁護士でない者を選任することができる(31条2項,いわゆる特別弁護人。地方裁判所においては弁護士である弁護人がいる場合に限る。なお,通常第一審で特別弁護人がついた被告人の数は1995年3人,96年1人であった)。弁護人の選任は,弁護人と連署した書面を差し出してしなければならない(刑事訴訟規則18条)。また,選任は審級ごとにしなければならない(刑事訴訟法32条2項,審級代理の原則)。ただし,公訴提起前に弁護人と連署した書面を検察官または司法警察員に差し出して弁護人を選任すると,第一審においても選任の効力が認められる(刑事訴訟法32条1項,刑事訴訟規則17条)。被告人がみずから弁護人を依頼することができないときは,国でこれを付する(憲法37条3項)。すなわち,貧困その他の事由により弁護人を選任することができない者の請求により,裁判所が弁護人を付するのであり(刑事訴訟法36条),これを国選弁護人という(被疑者に対しては認められない)。さらに,憲法の趣旨以上に弁護権を保障するため,一定の重大な犯罪に関する事件を必要的弁護事件として,その公判期日に弁護人が出頭しないときまたは弁護人がいないときには,裁判長が職権で弁護人を付すること(289条)や,年齢や心身の状況から自己を防御する能力の劣っている一定の者について,裁判所が裁量により職権で弁護人を付すること(37条,290条)がある。国選弁護人の権利および義務は,私選弁護人と同じである。ただし,国選弁護人がその地位を辞するには,正当な理由がなければならず,かつ裁判所による解任が必要である。
1人の被告人が数人の弁護人を選任することも可能であるが,あまりに多数であると審理を混乱させることがあるので,裁判所は,特別の事情があるときは,弁護人を3人までに制限することができる。被疑者の弁護人は,特別の事情があるため裁判所が許可したときを除き,3人以内である(刑事訴訟法35条,刑事訴訟規則26条,27条)。弁護人が数人いるときは,その弁護活動を統制して手続を円滑に進行させるため,主任弁護人を定めなければならない(刑事訴訟法33条)。
弁護人は,被告人に従属してこれを保護する単なる補助者にとどまることなく,自己の判断に従って被告人の正当な利益を擁護する権限および責務があるので,独立して訴訟行為をすることができる(41条)。これには,被告人を包括して代理する権限に基づくもののほかに,弁護人固有の権限がある(例えば,訴訟記録の閲覧および謄写,鑑定の立会い,上訴審での弁論など。40条,170条,388条,414条)。この点で,弁護人は,民事訴訟における訴訟代理人とは異なっている。
→弁護士
執筆者:長沼 範良
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… なお,刑事訴訟でも,法人が被告人であるときにその代理者,被告人が意思無能力者であるときにその法定代理人が,訴訟行為の代理権を持つとされているが(刑事訴訟法27条,28条),これらは民事訴訟法の訴訟代理人の概念とは異なる。刑事訴訟において民事訴訟の訴訟代理人に対応するものは弁護人である。ただし,弁護人は被告人の保護者の地位をも有し本人の持たない権利を与えられていることもあり,訴訟代理人の枠を超えるところもある(刑事訴訟法41条参照)。…
※「弁護人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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