瓦屋村(読み)かわらやむら

日本歴史地名大系 「瓦屋村」の解説

瓦屋村
かわらやむら

[現在地名]泉佐野市下瓦屋しもかわらや一―六丁目・下瓦屋・上瓦屋かみかわらや

佐野川の東岸に広がり、北は大阪湾に面する。文亀元年(一五〇一)一〇月一六日の田地売券(中家文書)に「瓦屋村牛神南」とみえ、中家が中庄寺なかのしようてら村の覚円から同地を五貫文で買得している。「政基公旅引付」永正元年(一五〇四)九月二三日条に「佐野之上ニ瓦屋ト云所ニ取陣」とみえ、和泉守護方と根来ねごろ(現和歌山県那賀郡岩出町)衆徒が半済をめぐって対峙した時、根来閼伽井坊が布陣している。なお庄名でよばれたこともあり、奈加美なかみ神社境内にある石灯籠の慶長一七年(一六一二)の銘に「瓦屋庄」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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