コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

衆徒 しゅうと

6件 の用語解説(衆徒の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

衆徒
しゅうと

衆徒」のページをご覧ください。

衆徒
しゅと

持戒の清僧をいうこともあるが,一般には,平安時代以降諸大寺に止宿していた多数の僧侶の総称に用いる。院政時代延暦寺興福寺などの強訴の主体となった衆徒,大衆と呼ばれるものがそれである。興福寺では,遅くとも南北朝時代には学業僧である学侶や六方衆とは別に,衆徒と呼ばれ弓矢を専業とする僧兵の棟梁たちがいた。彼らは国中に散住したが,そのうち 20人は興福寺内に住し官符衆徒と称された。衆徒は一乗院大乗院に分属したが,なかでも筒井 (一乗院) ,古市,豊田 (大乗院) などは有名で,戦国時代には次第に独立し,大名化していった。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

しゅう‐と【衆徒】

しゅと(衆徒)

しゅ‐と【衆徒】

平安時代以後、諸大寺に止宿していた多くの僧。のちには僧兵をもいう。衆僧。僧徒。しゅうと。
特に、中世、奈良興福寺の僧兵。

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

大辞林 第三版の解説

しゅうと【衆徒】

しゅと【衆徒】

奈良・京都の諸大寺の僧侶たち。平安末期以後は僧兵をさす。衆僧。僧徒。
特に、中世、奈良興福寺で、武装して寺院警護にあたった下級僧侶。

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

世界大百科事典内の衆徒の言及

【山門使節】より

…南北朝時代末期に室町幕府が延暦寺の衆徒統制のために作った組織。メンバーには,当時山徒と呼ばれていた衆徒らのうちで特に強勢な者が選ばれた。…

【大和国】より

…大和国の春日神領国化の始まりだが,神仏習合思想を利用して春日社との一体化を進めていた興福寺は大和国の支配を主張,1135年春日若宮社を創建,翌年から若宮祭を大和一国の大祭として興福寺境内で執行,神国大和を称して国中の社寺の末社・末寺化や社寺をまつる在地領主の土豪らの従属を強いた。土豪らを衆徒(末寺坊主),国民(末社神主)に列して在地代官とし,僧兵として武力に起用した。この末社末寺制と衆徒国民制とによって興福寺は大和国の支配組織を完成,摂関家代官の大和国司を有名無実たらしめた。…

※「衆徒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

エンゲルの法則

家計の総消費支出に占める飲食費の割合 (エンゲル係数 Engel coefficientと呼ぶ) は,所得水準が高く,したがって総消費支出が大きいほど低下するというもの。エンゲル係数は国民の消費生活面...

続きを読む

コトバンク for iPhone

衆徒の関連情報