生子山城跡(読み)しようじやまじようあと

日本歴史地名大系 「生子山城跡」の解説

生子山城跡
しようじやまじようあと

[現在地名]新居浜市角野新田町三丁目

国領こくりよう川が山地から平地へ移る地点、東岸標高一四三メートル余の生子山頂にある中世の城跡。南北朝の頃、宮方に属する松木伊賀守通村が当城を築き、新居・宇摩うま郡境に新居関を設けて、武家方に対抗したが、足利尊氏の命を受けた部将岩松頼宥の攻撃により落城。その後通村は村上義弘と通じ、征西将軍の宮を擁して活躍、当城を回復し、引続き室町期を通じて松木氏が城主であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 戦死 煙突 愛称

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む