生板鍋子新田(読み)まないたなべこしんでん

日本歴史地名大系 「生板鍋子新田」の解説

生板鍋子新田
まないたなべこしんでん

[現在地名]河内村生板鍋子新田

利根川と利根川の間の低地にあり、南は大徳鍋子だいとくなべこ新田。寛永年間(一六二四―四四)下総の田中五兵衛が生板鍋子と称する原野開墾という(茨城県市町村総覧)。享保一三年(一七二八)生板村の一部として検地が行われ、天明六年(一七八六)分郷独立して一村となる(「村鑑」妙行寺蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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