田中繁吉(読み)タナカ シゲキチ

20世紀日本人名事典 「田中繁吉」の解説

田中 繁吉
タナカ シゲキチ

大正・昭和期の洋画家 日展参与;創元会会長。



生年
明治31(1898)年9月13日

没年
平成6(1994)年11月1日

出生地
福岡県遠賀郡芦屋町

学歴〔年〕
東京美術学校(現・東京芸術大学)〔大正10年〕卒

主な受賞名〔年〕
紺綬褒章〔昭和38年〕

経歴
東京美術学校時代は藤島武二の教室で学ぶ。大正11年帝展初入選。15年から昭和3年まで滞仏。パリではビッシエールに師事し、キスリングに傾倒して業にみがきをかけた。8年「三人裸像」で帝展特選。白日会会員を経て19年創元会会員に。戦後日展審査員を7回務める。60年回顧展を開く。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「田中繁吉」の解説

田中繁吉 たなか-しげきち

1898-1994 大正-平成時代の洋画家。
明治31年9月13日生まれ。大正11年帝展に初入選。15年フランスに留学。キスリングの影響をうける。昭和8年「三人裸像」で帝展特選。白日会会員をへて19年創元会会員となり,のち理事長裸婦婦人像をえがく。平成6年11月1日死去。96歳。福岡県出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む