日本大百科全書(ニッポニカ) 「キスリング」の意味・わかりやすい解説
キスリング(Moïse Kisling)
きすりんぐ
Moïse Kisling
(1891―1953)
フランスの画家。ポーランドのクラクフの富裕な家庭に生まれ、同地の美術学校に学んだあと、1910年パリに出る。11~12年にはセレでピカソやグリスたちとともに制作している。12年には画商アドルフ・バスラーと契約。第一次世界大戦には外人部隊に応募し、重傷を負うが、その功でフランス国籍を取得。17~20年は南フランス、その後はモンパルナスに住み、エコール・ド・パリの一員として、多くの画家、作家たちとの交友の中心的存在となる。キュビスム、とりわけ色彩的キュビスムの影響を強く受ける一方で、パリ派の不安と哀愁を透明感のある華麗な色彩に託した。肖像、静物、裸婦を描き、おもな作品は『赤い長椅子(ながいす)の裸婦』(1918・ジュネーブ、プチ・パレ美術館)、『ポーランド風の肩掛の娘』(1928・パリ国立近代美術館)など。41~46年ニューヨークに過ごし、帰国後、南フランスのサナリに没した。
[中山公男]