田中荒生村(読み)たなかあらおいむら

日本歴史地名大系 「田中荒生村」の解説

田中荒生村
たなかあらおいむら

[現在地名]九十九里町田中荒生

片貝かたかい村の北西に位置する。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に村名がみえ、高一六二石。寛文八年(一六六八)の鷹場五郷組合帳では、御門組に与力給知として荒生二八〇石・同一〇〇石・田中五〇石が記載され、鷹場負担は南西隣の荒生村(現東金市)と共同であった。与力は江戸南町奉行組与力で、元和五年(一六一九)より幕末まで同給知(九十九里町誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む