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田代重栄 たしろ じゅうえい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

田代重栄 たしろ-じゅうえい

1616-1687 江戸時代前期の治水家。
元和(げんな)2年生まれ。筑後(ちくご)(福岡県)生葉郡(いくはぐん)吉井村の大庄屋。郡東部の荒れ地筑後川の水をひく用水路の開削を計画し,寛文12年久留米(くるめ)藩の援助をえて工事を開始。延宝4年袋野堰(ふくろのぜき)の通水に成功した。貞享(じょうきょう)4年3月14日死去。72歳。通称は弥三左衛門

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

田代重栄

没年:貞享4(1687)
生年:元和2(1616)
江戸前期,久留米藩領筑後国生葉郡吉井町(福岡県浮羽郡吉井町)に住んだ田代組(吉井町,浮羽町)村々の大庄屋。通称弥三左衛門。息子又左衛門重仍と図り,寛文4(1664)年の大石(浮羽町)―長野(吉井町)間水道完成によってもなお水利を得られなかった郡東部筑後川南岸の荒れ地の灌漑を藩に願い出,延宝4(1676)年,現在の夜明ダムのやや上流の,筑後川南岸獺の瀬より水を引き,地蔵岩に至る隧道を含む約2kmの水道(袋野水道)を通すことに成功した。これにより,170町歩(約170ha)余が潤った。地元ではこの偉業を称えて大正5(1916)年,重栄社(浮羽町)を作り祀っている。<参考文献>『久留米市史』2巻

(井奥成彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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