田内城跡(読み)たうちじようあと

日本歴史地名大系 「田内城跡」の解説

田内城跡
たうちじようあと

[現在地名]倉吉市巌城 全源院

田内集落の西、向(むこう)山から南に派生する丘陵の東部、高さ五八メートルの急峻な仏石(ぶつせき)山の山頂に位置する。南側裾部を小鴨(おがも)川が流れる。建武四年(一三三七)伯耆守護に任ぜられた山名時氏による築城とされ、守護所も併設されていたと伝える。しかし時氏の子左衛門佐師義が南西方、小鴨川対岸の打吹(うつぶき)山に打吹城を築いて居城としたため(延文年中のことと伝える)、当城の役割は薄れたという(「伯耆民諺記」など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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