田地子村(読み)たじこむら

日本歴史地名大系 「田地子村」の解説

田地子村
たじこむら

[現在地名]建部町田地子

田地子川上流の谷間に広がり、東は富沢とみさわ村、西は下加茂しもかも(現加茂川町)、南はさくら村、北は品田しなだ村に接する。津高つだか郡に属し、寛永備前国絵図に高三四一石余とある。貞享元年(一六八四)の津高郡高目録(池田家文庫)では万引高七一石余、残高三二〇石余。「備陽記」によると田畠二二町五反余、家数六六・人数三三八、池一。文化年間の「岡山藩領手鑑」によれば直高五〇七石余はすべて池田栄馬の給地。田高一五一石余・九町九反余、畑高八四石余・八町五反余、開高五石余・七反余、給人林三〇町余、百姓林二二町余、池三、井関四〇、家数五四・人数二一三、牛二五、猟師鉄砲三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む