建部町(読み)たけべちよう

日本歴史地名大系 「建部町」の解説

建部町
たけべちよう

面積:八九・六六平方キロ

岡山県のほぼ中央に位置し、町の中央部を北西から南東にむけて旭川が蛇行しながら流れ、吉備高原に囲まれた大河川中流域の小盆地と標高三〇〇メートル前後の高原からなる。北は久米くめ中央ちゆうおう町・久米南くめなん町、東は赤磐あかいわ吉井よしい町、南は御津みつ町、西は加茂川かもがわ町。近世には美作備前とが国境を接する地域で、旭川東岸は北から美作国久米北条くめほくじよう郡・久米南条くめなんじよう郡、備前国赤坂あかさか郡に、西岸は備前国津高つだか郡にそれぞれ属した。備前側の中心は岡山藩家老池田(森寺)氏の陣屋が置かれた建部、美作側の中心は在町として栄えた福渡ふくわたりで、両所を船渡しで結んで南北に津山往来が通っていた。明治二二年(一八八九)町村制施行で、津高郡の村々は上建部村と建部村に、赤坂郡の村々は竹枝たけえだ村に、久米南条郡の村々は福渡村に、久米北条郡の村村は鶴田たづた村にそれぞれ合併した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報