田峯村(読み)だみねむら

日本歴史地名大系 「田峯村」の解説

田峯村
だみねむら

[現在地名]設楽町田峯

標高七五九・七メートルの笹頭(ささがしら)山南麓、寒狭(かんさ)川の流域に位置する。村域を東田内(ひがしたない)で伊那街道につながる作手(つくで)道が通る。天正一八年(一五九〇)宮部日向守是乗坊の検地を受けたと伝える村で、反別三二町七反余・高三三九石余(北設楽郡史)。慶長一五年(一六一〇)の田嶺村戌歳年貢可納之事(同書)によると、公田八貫四〇〇文、散田二三貫三〇〇文で石高三三九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む