田部長右衛門(22代)(読み)たなべ・ちょうえもん

朝日日本歴史人物事典 「田部長右衛門(22代)」の解説

田部長右衛門(22代)

没年:昭和17.2.14(1942)
生年:嘉永3(1850)
明治大正期の島根の山林地主。出雲国(島根県)母里藩(松江藩支藩)の藩士宇山数馬の3男として出雲国母里村に生まれる。幼名虎三郎。わんぱく「宇山の虎さん」は母里藩の小姓として槍術を学び,明治改元断髪では藩の第1号となった。明治7(1874)年島根県吉田村の大地主田部家の養嗣子となり,18年長右衛門を襲名(諱は長秋)。日本首位の大山林地主として林業振興に努め,植え付け杉檜苗は50年間で200万本を超えた。23年多額納税者互選の貴族院議員。美術工芸鑑賞を好み,琴峰と号し句作も多い。なお,長右衛門は歴代,日本のたたら製鉄の中心地松江藩の筆頭鉄師を勤めた。

(高橋一郎)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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