甲斐庄正房(読み)かいのしょう まさふさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「甲斐庄正房」の解説

甲斐庄正房 かいのしょう-まさふさ

1564-1630 織豊-江戸時代前期の武士
永禄(えいろく)7年生まれ。甲斐庄正治の子。父とともに徳川家康にしたがい小田原攻めに出陣。慶長5年関ケ原の戦いののち,大番組頭となる。大坂夏の陣に戦功をたて,のち天王寺造営の奉行をつとめた。寛永7年7月22日死去。67歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む