甲斐町寺町(読み)かいのちようてらまち

日本歴史地名大系 「甲斐町寺町」の解説

甲斐町寺町
かいのちようてらまち

[現在地名]堺市甲斐町東(かいのちようひがし)五―六丁

火鉢屋(ひばちや)町の東にある寺院街区(→寺町)。元禄二年(一六八九)堺大絵図によると、町域は火鉢屋町筋の東頬から南向井領町(みなみむかいりようちよう)筋を挟む両頬からなり、南向井領町筋に「甲斐町筋寺町」、南の大(おお)町寺(てら)町との間の東西道路に「谷口寺町」の記載がある。文久三年(一八六三)堺大絵図は「カイ丁寺丁」と記す。元禄二年の絵図によると火鉢屋町筋に西面して北から安養(あんよう)寺・大巧(だいこう)寺・法華(ほつけ)寺が、甲斐町筋寺町の西頬には北から玉円(ぎよくえん)寺・住本(じゆうほん)寺が、同東頬には養寿(ようじゆ)寺・円光(えんこう)寺・龍泉(りゆうせん)寺・了覚(りようかく)寺・本教(ほんきよう)寺があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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