畑ヶ迫村(読み)はたがさこむら

日本歴史地名大系 「畑ヶ迫村」の解説

畑ヶ迫村
はたがさこむら

[現在地名]津和野町邑輝むらき

西谷にしだに村の北、津和野川支流白石しらいし川流域の山間村。いしたに中木屋なかごや十王堂じゆうおうどうおよび日原にちはら(現日原町)の四ヵ村と合せて幕府領(石見銀山領)大森代官支配のしよ村・間歩口まぶくち村ともよばれた。畑迫とも記す。正保国絵図に村名がみえ、高九石余。元禄一〇年(一六九七)の石見銀山領村々覚によれば田方四石余・畑方五石余、年貢高は米二石余・銀四〇目余、家数は本家八・門屋二、人数三〇、牛二・馬一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む