畑ヶ迫村(読み)はたがさこむら

日本歴史地名大系 「畑ヶ迫村」の解説

畑ヶ迫村
はたがさこむら

[現在地名]津和野町邑輝むらき

西谷にしだに村の北、津和野川支流白石しらいし川流域の山間村。いしたに中木屋なかごや十王堂じゆうおうどうおよび日原にちはら(現日原町)の四ヵ村と合せて幕府領(石見銀山領)大森代官支配のしよ村・間歩口まぶくち村ともよばれた。畑迫とも記す。正保国絵図に村名がみえ、高九石余。元禄一〇年(一六九七)の石見銀山領村々覚によれば田方四石余・畑方五石余、年貢高は米二石余・銀四〇目余、家数は本家八・門屋二、人数三〇、牛二・馬一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...

実質賃金の用語解説を読む