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畠山義成 はたけやま よしなり

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

畠山義成 はたけやま-よしなり

1843-1876 幕末-明治時代の武士,教育者。
天保(てんぽう)14年生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩士。慶応元年留学生としてロンドン大でまなび,のち渡米してラトガーズ大に入学。帰国後,三等書記官となり,明治4年岩倉遣外使節に随行。6年開成学校初代校長,8年東京書籍館・博物館館長となった。明治9年10月20日死去。34歳。変名は杉浦弘蔵。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

畠山義成

没年:明治9.10.20(1876)
生年:天保13.9(1842)
明治初期の文政家,教育家。通称丈之助。変名は杉浦弘蔵。薩摩(鹿児島)藩門閥の出身で,慶応1(1865)年留学生として英国に赴きロンドン大学で学ぶ。2年後に渡米,宗教家トマス・レーク・ハリスの教団に入るが,その教義に疑問を覚えて脱退,ラトガース大学に入学した。在学中の明治3(1870)年に洗礼を受け,以後キリスト教精神に基づいた国民啓蒙を志す。帰国途次,岩倉遣外使節団の随員となり欧米を視察,記録掛を務めた。同6年12月東京開成学校校長に任ぜられ,同8年には東京書籍館長を兼務,教育行政の近代化に尽力。翌年フィラデルフィア万国博覧会出席のため渡米,病にかかり帰途につくが船中で客死した。<参考文献>犬塚孝明『明治維新対外関係史研究』

(犬塚孝明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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