番生寺村(読み)ばんしようじむら

日本歴史地名大系 「番生寺村」の解説

番生寺村
ばんしようじむら

[現在地名]金谷町番生寺

嶋(しま)村の西に位置し、村内を大代(おおじろ)川が南流する。志戸呂(しとろ)五ヵ村の一(→嶋村)。村名は当地にある曹洞宗番生院によるという(掛川誌稿)。正保郷帳に村名がみえ、田方一五一石余・畑方二九石余、幕府領。元禄郷帳では高二六五石余、幕府領(国立史料館本元禄郷帳)。宝永七年(一七一〇)相良藩領となるが(正徳二年本多忠晴領知目録)、正徳五年(一七一五)上知されたとみられ(享保二年本多忠通領知目録)、享保郷村高帳では掛川藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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