白渚村(読み)しらすかむら

日本歴史地名大系 「白渚村」の解説

白渚村
しらすかむら

[現在地名]和田町白渚

真浦もうら村の南西に位置し、海に面する。伊南房州通いなんぼうしゆうどおり往還が通る。南は元禄一二年(一六九九)に真浦村から分離独立して一村になったと伝える西白渚村。そのため当村を東白渚村ともよび、また東西合せて白渚村ともいう。慶長二年(一五九七)の安房国検地高目録に白須賀村とあり、高六三石余、うち田方一八石余。里見氏給人領。正保郷帳では田高二三石余・畑高三〇石余、旗本大久保忠時領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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