白熊沢村(読み)しろくまざわむら

日本歴史地名大系 「白熊沢村」の解説

白熊沢村
しろくまざわむら

[現在地名]河辺町戸島字白熊沢

野田高屋のだこうや村の東南上野うえの台に続く河岸段丘谷間にある。享保一四年(一七二九)の河辺郡御黒印吟味覚書(秋田県庁蔵)に「元来野田高屋村より致開発候小高之村」とある。知行地であったが、元和六年(一六二〇)百姓三右衛門が質として取り上げられた土地・妻子を、藩庁に訴え取りもどしたことが「梅津政景日記」同年三月二四日条に記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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