白金台町七丁目(読み)しろかねだいまちななちようめ

日本歴史地名大系 「白金台町七丁目」の解説

白金台町七丁目
しろかねだいまちななちようめ

[現在地名]港区白金台三―四丁目

白金台町六丁目の西に続く両側町。西は阿波徳島藩蜂須賀家下屋敷および白金台町八丁目、南は今里いまざと村百姓地・白金村百姓地、白金台町八丁目、北は阿波徳島藩下屋敷および白金台町六丁目。町の起立などは同一丁目に同じ。同六―九丁目四ヵ町を里俗になか町と称した。町内間数は南側が東西表三四間余・裏幅四一間余、南北は奥行が約二二間。北側は東西表・裏幅とも四六間余、南北は奥行が東方二二間余・西方二三間余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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