白金台町八丁目(読み)しろかねだいまちはつちようめ

日本歴史地名大系 「白金台町八丁目」の解説

白金台町八丁目
しろかねだいまちはつちようめ

[現在地名]港区白金台三―五丁目

白金台町七丁目の西に位置する両側の年貢町屋。西は讃岐高松藩松平家下屋敷および白金台町九丁目。南は同町および今里いまざと村、北は阿波徳島藩蜂須賀家下屋敷および白金台町七丁目。町の起立などは同一丁目に同じ。同六―九丁目四ヵ町を里俗になか町と唱えた。町内間数は南側が東西表四九間余・裏幅四七間余、南北は奥行二二間余。北側が東西表六八間余・裏幅六七間余、南北は奥行が東方二一間余・西方二二間余。二千五三二坪。文政一一年(一八二八)の家数四六、うち家持八・家主五・店借三三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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