百崎村(読み)ももざきむら

日本歴史地名大系 「百崎村」の解説

百崎村
ももざきむら

[現在地名]秋田市上北手百崎かみきたてももざき

上北手丘陵の西端に位置し、北は大戸おおど村、西は荒巻あらまき村に境する。天正一九年(一五九一)の出羽国秋田郡御蔵入目録写(秋田家文書)に「もゝ崎村・さくら村」とある。また慶長六年(一六〇一)の秋田実季侍分限(秋田家文書)豊島としま庄の内に「桃崎村」「石川村」の名がみえる。桃崎村は百崎村であり、石川村は百崎字石川とみられる。正保四年(一六四七)の出羽一国絵図に桃崎村八三石とあり、享保一五年(一七三〇)の「六郡郡邑記」は百崎村(前北手)二一軒と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む