百済村(読み)くだらむら

日本歴史地名大系 「百済村」の解説

百済村
くだらむら

[現在地名]広陵町大字百済

葛城・曾我両川の中間、広瀬ひろせ南方に所在する。「日本書紀」応神天皇七年九月条に「高麗人・百済人・任那人・新羅人並に来朝り」とあり、「古事記」応神天皇段には「百済池を作る」という記事があるが、池跡については不詳である。また当地を百済大井おおい(「日本書紀」敏達天皇元年の条)、百済大寺・百済川・百済宮(同書舒明天皇一一、一二年の条)、百済家(同書天武天皇即位前紀)の所在地とする説(大和志)もあるが、遺跡については藤原京付近に求める説もあって明確ではない。

<資料は省略されています>

西大寺田園目録に「広瀬郡廿条二里十二坪内一段。(中略)字アタラシノマヘ 弘安五年壬午九月日。尼慈命佐味右馬入道女也」「(上略)十三坪内一段四段切字島田 正応五年九月十五日」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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