百頭村(読み)ももがしらむら

日本歴史地名大系 「百頭村」の解説

百頭村
ももがしらむら

[現在地名]足利市百頭町

矢場(やば)川北岸の平地に位置し、西は島田(しまだ)村。「足利長尾顕長家来」に当村の者として山岸助重郎(永三〇貫文)の名がみえる。慶安郷帳に村名がみえ、同郷帳の東野地誌本では高二六四石余、田高二〇二石余・畑高一六五石余とあるが、輪王寺本を勘案すると高のみ塩島(しおじま)村の誤記。寛文元年(一六六一)上野館林藩領、天和二年(一六八二)旗本小笠原領となる(分郷配当帳)。元禄郷帳では旗本本庄領、宝永二年(一七〇五)本庄氏が大名に列して美濃岩滝藩(高富藩)領となり、幕末に至る。天保年間(一八三〇―四四)の家数二八(改革組合村)。八木(やぎ)・簗田(やなだ)両宿の助郷を勤め、享保一四年(一七二九)の勤高二六七石余(「両宿助郷帳」青山喜右衛門文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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