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皆川 賢太郎 みながわけんたろう

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知恵蔵2015の解説

皆川 賢太郎

日本のアルペンスキー選手。専門競技種目は回転(スラローム)。2009/10年シーズンより竹村総合設備スキークラブ所属(08/09年シーズンまではチームアルビレックス新潟所属)。身長173cmと、アルペンスキーの選手の中では小柄でありながら、技術を生かした滑りで世界のトップスラローマーの一員となる。いち早く168cmの短いスキー板を採用するなどし、「スキーの革命児」とも呼ばれてきた。
1977年5月17日、新潟県南魚沼郡湯沢町生まれる。地元の苗場スキー場をホームゲレンデとして幼少期からスキー競技に取り組む。父は元競輪選手。北海道小樽市の北照高校卒業。日本体育大学に進学し在学中の98年、長野五輪に初出場。
冬季オリンピック大会は長野大会から2010年バンクーバー大会まで、4大会連続日本代表。長野五輪、02年ソルトレークシティー五輪は2本目に進めずに終わるが、06年トリノ冬季大会では、1本目にトップと0.07秒差の3位につけ、2本目はスタート直後にバックルが外れるアクシデントに見舞われながらも積極的な滑りを続けて3位と0.03秒差の4位となり、日本人選手として50年ぶりの入賞を果たした。
FISワールドカップ大会(種目スラローム)での成績は、99/00年シーズンにはキッツビューエル大会(オーストリア)でゼッケン60番から6位に入賞した他、竜平市大会(韓国)、セストリエール大会(イタリア)も6位。00/01年シーズンには、ワールドカップ男子回転で総合18位、世界選手権男子回転で10位と好成績を残し、日本人としては4人目の第一シード入りを果たす。
ソルトレークシティー五輪直後の02年3月、長野県野沢温泉スキー場開かれた大会の競技中に、左膝前十字靱帯断裂の大けがを負い、長期のリハビリ生活に入る。04年、競技生活に復帰。スキー板のサポートアトミックに変える。05年ワールドカップ男子回転クラニスカゴラ大会(スロベニア)で7位に入り、総合でも21位。翌05/06シーズンには、第5戦ウェンゲン大会(スイス)で自己最高の4位に入賞。トリノ五輪の活躍もあり、第一シードに復帰する。
06/07年シーズン中盤の12月8日、オーストリアで練習中に今後は右膝の前十字靭帯を損傷し、再び治療・リハビリに専念する生活に入るも、前回の負傷の経験を生かして復帰。
09年6月、スキーフリースタイル・モーグル選手の上村愛子と結婚。10年バンクーバー五輪に夫婦そろって出場する。

(葛西奈津子  フリーランスライター / 2010年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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