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スキー スキー ski

翻訳|ski

7件 の用語解説(スキーの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スキー
スキー
ski

木,グラスファイバ,メタルなどでつくった細長い板。またそれを両足につけ,雪上を滑ること。さらにスキー競技そのものもさす。古代のノルウェー語 skīth (薄板の意) が語源。交通手段,狩猟などの生活用具として雪国の古代人に使われ,北ヨーロッパでは 1200年頃のスキーに関する記述がみられる。

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デジタル大辞泉の解説

スキー(ski)

雪上を滑走したり移動したりするために、両足につける細長い板状の用具。
雪上で1を用いて行うスポーツや競技。また、それを履いて雪上を滑ること。 冬》

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百科事典マイペディアの解説

スキー

雪の上を滑走するための用具。また,その用具を用いてスピード,距離,ジャンプ,演技などを競うスポーツ。スキーの起源や発祥地については諸説があるが,定説はない。むしろ,スキーの起源や発祥地を特定するよりは,積雪地に住む人びとは古くからスキー,またはそれに似た雪上歩行や滑走用の用具をもっていた,と考えるのが妥当であろう。
→関連項目ウェーデルングラススキークリスチャニアシュナイダーズダルスキースラローム冬季オリンピックバイアスロンボーゲンモーグル

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デジタル大辞泉プラスの解説

スキー

日本の唱歌の題名。作詞:時雨音羽、作曲:平井康三郎。発表年は1942年。2007年、文化庁日本PTA全国協議会により「日本の歌百選」に選定。

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世界大百科事典 第2版の解説

スキー【ski】

雪の上を歩いたり滑ったりするために,両足にそれぞれはいて用いる1対の板状の道具,およびこれを用いて行うスポーツをさす。スキーという名称は,もともとスカンジナビア地方から出た言葉で,現在のスキーの形式および使用法は,スカンジナビアの国々で進歩発達したものである。
[起源]
 スキーの起源,発生地については諸説があり一定していない。スキーの遺物はスウェーデン石器時代の泥炭層から出土しており,花粉分析により前2500年の年代が測定されている。

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大辞林 第三版の解説

スキー【ski】

雪の上を滑ったり歩いたりするため,両足につける二本の細長い板状の道具。
をつけて雪の上を滑ること。また,そのスポーツ。 [季] 冬。 《 -長し改札口をとほるとき /藤後左右 》

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

スキー
すきー
skiing英語
Skilaufドイツ語
skiフランス語

スキーは本来、北欧で積雪地の日常生活における移動手段として歩行や滑走あるいは滑降に用いられていたが、やがて雪の傾斜面を滑降することを主とする近代スポーツとして発達し、現在では冬のレジャースポーツとなった。競技については別項「スキー競技」参照。
 スキーの語源は、古代ノルウェー語のシーScheitに由来し、元は木を裂き割ったものを意味していた。[福岡孝純]

スキーの歴史


起源
スキーの歴史は古く、有史以前にさかのぼるとされ、約5000~6000年も以前からスカンジナビア半島の西岸からベーリング海峡に至るユーラシア大陸に広く分布し、ほぼ樺太(からふと)(サハリン)、間宮海峡の沿岸からバイカル湖、さらに西に延びてデンマークを結ぶ線から北側の地域で用いられていた。このころのスキーは、極地型といわれる歩行専用のもの、北方型といわれる歩行・滑走兼用のもの、南方型といわれる滑降専用のもの、に大別される。北欧神話を収録した『新エッダ』には、スキーをする2柱の神、男神ウルと女神スカディーが伝えられるが、ウルは北方型のスキーを使用している。フィンランドの国民詩『カレワラ』にも記述がみられる。またバイキングはスキーを武芸の一つとして積極的に取り上げ、その伝承に寄与している。これらのスキー物語は、沼沢地で発見された古代スキーやルーン石碑あるいは中国の古い文献により事実関係が裏づけられている。[福岡孝純]
近代スキーの誕生と発展
神話につながる長い過去をもったスキーは、北欧で文明社会につながっていき、1769年クリスティアニア(現在のオスロ)で最初の競技会が行われ、その周辺でしだいにスポーツとして取り上げられるようになった。このスキーを世界に広め近代スキーの端緒を開いたのがノルウェーの探検家ナンセンである。彼はラップランドの人々のスキー能力に着目し、自らもスキーを用いて、グリーンランドを東から西へ40日間で横断した。この壮挙はスキーの偉大な力を人々に知らせ、その著書『スキーでグリーンランドを横断する』(1891)は、多くの人々にスキーの魅力を伝えることとなった。
 スキー界のニュートンとも称されるオーストリアのマチアス・ツダールスキーMathias Zdarsky(1856―1940)は、ナンセンの著書を読んで大きな影響を受け、スキーを始めた。教師、画家、彫刻家、思想家であるとともに体操の名人であった彼は、33歳でリリエンフェルトの山中にこもってスキー研究に没頭し、6冬目の40歳のとき、山岳スキー術(リリエンフェルト・スキー滑降術)を案出した。それまでのノルウェー流の技術にはなかったシュテムを基本とする技術体系を確立したのである。最初の金属締め具を考案し、1本の長い杖(つえ)を使って、急峻(きゅうしゅん)なアルプスの山地に適したツダールスキーのスキー術は、北欧の緩い丘陵地に発達した、テレマークとクリスチャニアに重点を置く技術との間に激しい論争を起こした。両派はやがて互いの長所を認め合って交流するようになったが、これにはオーストリアの陸軍大佐ゲオルク・ビルゲリーGeorg Bilgeri(1873―1934)の努力に負うところが大きい。彼は両派の長所を生かしたアルペンスキー術を発表したが、ショートスキーの発案者でもある。
 ツダールスキーとビルゲリーらによって確立された、両杖を使い、ホッケ姿勢(屈身)を基本としたシュテム系技術はアルプス地方で盛んになり、ハンネス・シュナイダーHannes Schneider(1890―1955)によりアルペンスキーは大飛躍を遂げた。彼はオーストリア、シュトゥーベンの寒村に生まれ、17歳でスキー教師となり、第一次世界大戦中はスキー兵の速習に携わった。大戦後彼の才能は、ドイツの美術史家・映画監督で、当時山岳とスキー映画に新世界を求めたアーノルド・ファンクArnold Fanck(1889―1974)博士に認められ、シュナイダーらのアールベルク地方のスキー技術は映画『スキーの驚異』に結実されて全世界に紹介され、スキーのすばらしさが一般スキーヤーを魅了した。彼は『スキーの驚異(アールベルク・バイブル)』(1924)を出版し、ザンクト・アントンの彼のスキー学校はスキーのメッカとよばれるようになった。シュテムを基本とした彼のスキー術はアールベルク・スキーとよばれ、一般に普及した。また1928年イギリスのアーノルド・ランArnold Lunn(1888―1974)と協力して、アールベルク・カンダハー・レースを創出し、アルペン競技の基礎を築いた。
 一方、北欧では比較的地勢がなだらかなため、平坦(へいたん)地や丘陵のスキー術として距離競走とジャンプ(飛躍競技)が発達した。1880年クリスティアニアにスキー学校が設けられ、1883年にはノルウェー・スキー連盟が創設されて、ホルメンコーレンを舞台に、ジャンプと距離のノルディック競技が発展した。[福岡孝純]
冬季オリンピックの開催
1924年第1回の冬季オリンピックがシャモニー(フランス)で開かれ、1928年サン・モリッツ(スイス)で行われた第2回大会でスキーが正式種目に採用された。この大会では、北欧種目(ノルディック)の長距離、耐久、リレー、ジャンプのみしか行われなかった。第3回のレーク・プラシッド(アメリカ)の大会も変化なく、1936年の第4回大会(ドイツ、ガルミッシュ・パルテンキルヘン)で初めてアルペン種目の滑降と回転が採用され、ここに、山岳で育ったアルペンスキー術は、いちおうの普及と技術的発達を遂げたのである。[福岡孝純]
技術論争
高速を追求する競技は新しい技術を求める。オーストリアのホシェックとウォルフガングは、アールベルク・スキー術のようなシュテムを廃しパラレル(スキーを平行にする)の操作を主張し、これには強いローテーション(体の回転方向への回し込み=ひねり込み)と立ち上り抜重(ばつじゅう)が必要であると主張した。オーストリアのアントン・ゼーロスは「シュテムの伝統のうえにたって」といいながらもこの「ひねり」を多用したテンポ・パラレルシュブンク(ゼーロスシュブンク)で圧倒的な成績(1933、1935、FISの回転、新複合優勝)を収めた。これに対しフランスの国立パリ・スキー学校のコーチをしていたクルト・ラインルとトニー・ドゥツィア(いずれもオーストリア人)は、運動学からひねらないスキーを主張、同時期ミュンヘン大学のオイゲン・マティアス(ドイツ)とサン・モリッツのジョバンニ・テスタは、運動生理学的に傷害の面から安全なひねらない外向・外傾のスキーを主張した。一方、フランスではゼーロスの指導を受けたエミール・アレーが、ひねる(回し込む)ローテーションのスキーを主張し、1937年にFIS回転、滑降、新複合で優勝し、この経験を「フランス・スキー術」として発表した。こうしてひねるひねらないかは大論争となったが、第二次世界大戦後の1950年代に入り、オーストリアの新人ノークラー、ガブル、シュピース、プラウダ、ザイラーなどが台頭し始め、フランスの優勢を崩し始めた。そこでオーストリアでは国立スキー教師養成所のクルッケンハウザー教授などが優秀な選手の滑りについて、国を問わずに高速度映画で撮影し比較検討分析した。この結果、優れた選手はみな共通の動作をしており、それらは脚部の動きが主体となっている動き(バインシュピール)であることが解明された。第7回冬季オリンピック(コルティーナ・ダンペッツォ大会)の三冠王であるトニー・ザイラーAnton(Toni) Sailer(1935―2009)は典型的にこの技術を使ったほか、これ以後の世界的に著名な選手、ジャン・クロード・キリーJean-Claude Killy(1943― 。フランス、第10回グルノーブル大会三冠王)、1970年代前半のグスタボ・トエニGustavo Thoeni(1951― 。イタリア)、1970年代後半のI・ステンマルクIngemar Stenmark(1956― 。スウェーデン)らはみなこのバインシュピール系統の技術を取り入れている。その後用品・用具のイノベーション(革新)が相次ぎ、とくにアイスバーンに対応して、短いがサイドカーブのきついカービングスキーが取り入れられた。現在のレースは100分の1秒のスピードを争い、より最適の技術を求めて各国がしのぎを削っている。一方、バインシュピール技術はその安全性と機能性から世界中に広まり、レジャースキーの発達に寄与している。レースのスキーが人間の体力限界に挑む高度な専門的機能を追求するのに対して、一般のスキー技術は高度な技術を取り入れながらも傷害の危険の少ない、安全でかつ疲れない快適なスキーを指向するようになった。スキーの楽しみ方も多様化し、単にピステ(整備されたスキーコース)のみにとどまらず、オフピステにも拡大している。[福岡孝純]
日本のスキー
最初にスキーについて記録を残したのは間宮林蔵である。彼は1808年(文化5)から北辺を調査し、沿海州に至っているが、その紀行に先住民のスキーについて記している。また、雪国には「かんじき」という踏雪具もあったが、スキーはヨーロッパ経由で輸入されるまで知られなかった。系統的にスキーが指導され日本に定着したのは、1911年(明治44)にオーストリアの参謀少佐テオドール・エドラー・フォン・レルヒTheodor Edler von Lerch(1869―1945)が新潟県高田(現、上越市)の歩兵五八連隊にスキーを指導したことから始まる。これ以前にも紹介されてはいたが、普及までには至らなかった。レルヒはオーストリアの武人の家柄で、ツダールスキーの弟子であった。翌1912年1月21日に初の競技会が高田の金谷山(かなやさん)で行われた。2月11日には越信スキークラブの発会式が行われ、陸軍大将乃木希典(のぎまれすけ)が開会のスピーチでスキーの有益性を強調している。日本のスキーは軍隊から始まったが、本意は雪国を雪の重圧から解放し、体育振興を図ることにあった。
 スキーはしだいに普及し、1923年(大正12)2月10日小樽(おたる)で第1回全日本選手権大会が開催された。1925年には全日本スキー連盟(SAJ)が結成され、翌年国際スキー連盟(FIS)へ加盟するといったように急速に内外の体制が整備されていった。1928年(昭和3)にはサン・モリッツの第2回冬季オリンピック大会に5名の選手団が参加、翌1929年の冬にはノルウェーのヘルセット中尉一行3名を招き、ジャンプと距離競技に多くのアドバイスを受けた。1930年成城学園(小原圀芳(おばらくによし)園長)の招きでシュナイダーが来日し、1か月間講演と実地指導にあたり、アールベルク・スキーの真の姿を伝えた。スキーは一般にも普及し、スキー列車が出されたり講習会が行われて、スキー人口が増大した。
 1937年には伊吹山で全日本スキー連盟の主催する最初の本格的な滑降、回転の全日本選手権が行われた。1939年にはスキー連盟が一般スキーの指導者制度を確立し、その指導に乗り出した。技術的にもスキー界はヨーロッパと同じ流れをたどった。したがって日本でも第二次世界大戦後、ひねるスキーとひねらないスキーの論争が起こった。戦後の数年は外傾のひねらないスキーが行われていたが、ふたたびフランス・スキーが取り入れられ、この傾向は1954年(昭和29)にフランスからピエール・ギョーとアンリ・オレイエが来日したことによりピークに達した。しかし、世界的な傾向となった外傾のバインシュピール技術が、選手の海外遠征を通じて採用され国内にも反映し始めた。1956年にコルティーナ・ダンペッツォ(イタリア)で行われた第7回冬季オリンピック大会で、猪谷千春(いがやちはる)がスラローム(回転)で2位になり、スキーで日本初の入賞と銀メダルをかちえて、国民のスキーへの関心をかき立てた。同大会でアルペン3種目に優勝したオーストリアのトニー・ザイラーとヨスル・リーダーの1957年の来日は、日本のスキー技術をひねらないバインシュピール技術へ導いた。この年『オーストリアスキー教程』が福岡孝行(たかゆき)により世界で初めて翻訳紹介され、翌1958年の1月アールベルク・スキー学校長のルディ・マットが来日し、最新の技術をわかりやすく教示した。こうしてレルヒ、シュナイダー、マットと続くオーストリアのスキー術、とくにバインシュピール技術は一般にも広まりつつあったが、これに決定的な流れを与えたのが、成城、玉川の両大学と日墺(にちおう)スキー友好協会が招待したオーストリア国立スキー教師養成所のクルッケンハウザー教授の1963年の来日である。その完全な指導法と方法論の展開により、日本のスキーはヨーロッパの一般スキーヤーと比肩されるまでになった。1972年札幌で第11回冬季オリンピック大会が開かれ、日本がジャンプの70メートル級で笠谷幸生(かさやゆきお)の1位のほか2、3位を独占し、ノルディック種目もポピュラーなものとなった。
 また、1988年の冬季オリンピック(カルガリー)で公開競技になったのがきっかけとなり、モーグル(急斜面のこぶコースを滑降するスピードと途中2回のジャンプを競う)やエアリアル(特設のジャンプ台を利用して、回転やひねりなど空中演技を競う)といったフリースタイルスキーが、日本でも一般に知られるようになった。1998年(平成10)の長野冬季オリンピック大会では、女子フリースタイルスキー・モーグルで、里谷多英が優勝、競技人口が増えつつある。[福岡孝純]

一般スキーの現況

現在、スキーは競技ばかりではなく国民の冬季のレジャー、スポーツとして重要な役割を果たしている。これに伴いスキー指導者の役割はますます重要になってきた。全日本スキー連盟は指導者の質を高めるために1965年国際スキー教育連盟に加盟し、同連盟のインタースキー(国際スキー教育会議)のバドガシュタイン(オーストリア)大会から積極的に参加、情報や人的交流を行い国際化を図っている。デモンストレーター・チームを送ったり講演発表や意見交換を活発に行い、現在では理事国に選ばれ、三つの部会(職業スキー教師、アマチュア指導者、学校教育スキー指導者)に役員を派遣している。また、1979年山形県の蔵王(ざおう)で日本では初めての第11回のインタースキー大会を開いた。さらに1995年(平成7)には長野県の野沢温泉村で第15回目の大会が史上最大の規模で開かれた。1998年には同じ長野県で第18回オリンピック冬季大会が開催された。
 スキー人口はバブル経済の崩壊もあり、1993年の1850万人をピークに減少を続け、2010年(平成22)には570万人と3分の1程度まで激減した。これには情報通信機器、AV機器の普及等が原因とされている。一方、1990年代から盛んになったスノーボードは若者を中心に支持を広げ、200万人の活動人口まで増加した。2010年ごろからスキーもふたたび自然回帰の動きが出ており増加に転じつつある。しかし、日本のスキーは依然技術指向が根強く、ヨーロッパなどのリゾート指向と大きく異なっている。一般スキーヤーが安全で快適に、健康やレジャー、あるいはスポーツとして生涯にわたりスキーを行える環境を整備することが、今後は競技力の向上施策以上に重要なこととされている。[福岡孝純]
スキー技術と指導法
現代のスキー技術は多様化、専門化している。スキーヤーの行動動機が能力(競技)指向、健康指向、レジャー指向と分化してきたためである。スキーの技術もその指向する動機により異なるが、最近はレジャー活動としてのスキーが盛んで、これらのスキーは一般スキーあるいは基礎スキーとよばれ、競技スキーとは区別される。高速リフトや人工降雪機など機械力の発達、スキー場の整備、指導法あるいは用品用具の発達により、今日ではだれでも手軽にスキー技術をマスターできるようになってきた。カービングスキーの普及はこの傾向に拍車をかけた。[福岡孝純]
スキー技術の構成
スキー技術の3要素はバランス、スキー(板)を回すこと、舵(かじ)をとることで、初歩的な動作からむずかしい動作へと順次移行し練習することが必要である。初心者は性急に最先端の技術を求めがちだが、簡単な動作から複雑な動作へ、荒削りの動作から洗練された動作への移行が望まれる。最近はシンプル・イズ・ベストから楽なスキーへと指導法が変化するなかで、技術や指導法が簡易化されているが、その要点は次のとおり。
(1)スキーにしっかりのるバランスの習得。
(2)スキーの舵をとりながら回すこと→基本ターンの習得。
(3)基礎課程と上級課程との関連をつける。
(4)地形、機械力の適切な選択・利用(カービングスキーの活用も含む)。
(5)技術・到達目標・練習形式・用具などは、年齢・体力・性別などに応じて区別し、画一的プログラムを押し付けないことなどである。[福岡孝純]
スキー技術の実際
スキー技術は初歩的動作である歩行・登行からプルークに入り、すぐにプルーク・ボーゲンに導入、これをマスターしたら、シュテム、パラレル、ステップの各ターンへとアプローチする。ベーシックなシュテム・ターンがマスターできれば、あとはリフトや地形、斜面を上手に利用し楽しみながら上達が可能である。
〔1〕初歩動作 スキー板をつけて雪に慣れるために、平地で雪を押さえ踏み締めるようにして歩く。スキー(板)を雪面から離さない。ハの字形にして歩いたり平行移動したりしながら、ストックの使い方、傾斜地への対応(角付(かどづけ)登行)、歩行変換(ハの字形にして向きを変えていく)を習得。
〔2〕プルーク スキー(板)をテールを開いた形(V字形)にして軽く内側のエッジを立てて滑る。
〔3〕プルーク・ボーゲン すべてのターンの基礎となる回転技術で、スキーをV字形にしたままで曲がりたい方向の反対側のスキー(山スキー、外スキー)を軽く押し出すようにすると容易に曲がれる。連続ターンの練習をしてリズミカルに外スキーを押し出して回る。
〔4〕シュテム・ターン シュテム・クリスチャニアともいう。始めはプルーク・ボーゲンと同じ要領で行うが、ターンの後半に内側のスキー(山スキー)を外スキーにそろえて平行にする。この瞬間の姿勢を基本制御姿勢という。かつては斜滑降あるいは横滑りの姿勢とよばれた。次のターンはこの姿勢から反対側のスキーを押すようにV字形に開き出して行う。要領はプルーク・ボーゲンと同じ。
〔5〕パラレル・ターン 基本制御姿勢(斜滑降または横滑り)から反対側の同じ姿勢へと両スキーを平行にしたままで行うターン技術。要領はスピードによるターンの遠心力をうまく利用し、両スキーを押さえるようにして雪面からの反力を利用しスキーを脚でひねるように回していく。軽い上下動も有効である。ターン中、姿勢は遠心力に対応するため軽い「くの字」(上体が立ち下半身が内側に傾いた)姿勢となる。カービングスキーの普及に伴い技術の習得は驚くほど容易になった。
〔6〕ステップ・ターン パラレル・ターンをより積極的に行えばステップ・ターンとなる。ステップとは踏み換えあるいは乗り換えの意味で、基本制御姿勢からターンの始動をする際にスキーを踏み出すようにする。踏み出し方によりシュテム、パラレル、シェーレ(鋏(はさみ)状形)に分類される。今日のレーサーの滑りはステップ・ターンが多用されている。
〔7〕ウェーデルン 上半身はあまり動かさず、下半身(とくに脚部)を犬が尾を振るように左右に軽快に動かす連続小回りクリスチャニア。第二次世界大戦後アルペン競技から生まれた技術だが、一般にも普及した。リズミカルな動きなので、新雪や雪の回転抵抗の多いとき、急斜面などその応用範囲も広い。前のターンの終わりが次のターンのきっかけになる。[福岡孝純]
スキーの検定
一般スキーヤーが自分の能力を客観的に評価できるような各種の検定制度がある。もっとも一般的なものがSAJの行っているバッジテストで、技能テストの形式をとっている。1級から5級までの段階があり、数字の少ないほど上級である。そのうえにテクニカルプライズ(準指導員と同等の技能)、クラウンプライズ(指導員と同等の技能)のバッジがある。ジュニアには1級から6級までがある。さらに、一般スキーヤーで指導者を目ざす人のために、SAJの指導員・準指導員の検定制度がある。指導員検定には技能のみならず、指導する能力が要請され、スキーに関する理論もその対象となっている。このほかSIA(日本職業スキー教師協会)の行うスキーテストおよび教師・助教師の認定がある。[福岡孝純]
環境とマナー
最近のスキー場はロープウェー、リフトなどの交通機関が発達し大規模なものが増えてきた。そのためスキーヤーは技術がなくても山上へ登ることができるが、滑降してくるときは、それぞれの能力に見合ったコースを選択する必要がある。スキーの傷害のほとんどを占める衝突事故を防ぐためには、スキーのセルフコントロールとマナーが厳しく要求される。そのため、必要な措置として、(1)用具を正しく調節する、(2)斜面の途中でスキーヤーの流れに逆らって急停止しない、(3)メインのコースに横から飛び出さない、(4)無理な追い越しをしない、(5)転倒したらできるだけ早く起きコースをあける、(6)先の見えない見通しの悪い所はスピードを落とす、(7)コース以外の所にみだりに立ち入らない、(8)停止している人のわきを高速で通過しない、などがあげられる。一方、スキーヤーのマナーとともに重要なことはスキー場の整備で、ゲレンデは、凹凸やこぶなどを平らにし、スキーコースごとに適切な表示、たとえば、指示(能力別コース分類)、誘導(地理的方向性)、注意(危険箇所)などの管理がある。要は各自がスキー場を公共のスポーツエリアとして考え、だれもが楽しくスキー活動を行おうという態度が基本的に要求される。最近衝突事故の多いヨーロッパではスキーヤーにヘルメットの着用を勧めている。[福岡孝純]

スキー用具

一般にスキーの用具として、スキー本体(板)、スキー靴、バインディング(締め具)、ストック、ウエア、サングラス(ゴーグル)、手袋(グローブ)などが必要である。使用する用具も最近では専門化の傾向が著しく、それぞれ目的別・行動別に最適のものを選ぶ必要がある。[福岡孝純]
スキー板
競技用(アルペン、ノルディック、フリースタイル)と一般用に分けられる。
 競技用は、アルペンでは滑降用(比較的前半部が軟らかく、長くてスピード追求型)、回転用(短めでシャープに回転しやすい性質)、大回転用はその中間の性質のものが用いられる。ノルディックは、ジャンプ用(空中安定を得るために重くて長く、滑走面は直進性向上のため3本の溝がある)と、距離(クロスカントリー)用の軽く、細くて走りやすいものに大別される。現在のスキー板はほとんどが芯(しん)材として合板やプラスチック材(主としてウレタン)やアルミニウムのハネカム材を用い、その上・下面にグラスファイバーのシートや、上面にメタル(ジュラルミンなど)を使用している。最近はカーボンファイバーやケブラーなどの新素材が多用される傾向にある。
 1990年代からあらゆるスキーの領域でカービングスキーが普及し、スキー(板)の長さは全体的に劇的に短くなり、身長より短めのスキーを使用することが普通となっている。カービングスキーは前部と後部が幅広く中央部が細く、スキーの曲率半径が大幅に小さくなりターンしやすくなっている。このほかにもさまざまなニーズに応じて多様なスキーが選べるようになってきた。[福岡孝純]
スキー靴
ほとんどがプラスチックの一体成型で、インナーブーツを内装している。一時は後方から足入れするリヤ・エントリー式が多かったが、現在ではほとんどが機能重視のフロントバックル型となっている。保温や操作性も向上している。よくフィットし指先にゆとりのあるものがよいとされる。上級者ほど高め(ハイバック)で固めのシェルのものを使用する。[福岡孝純]
バインディング
傷害の危険がある強いショックを受けると外れるセーフティーバインディングがほとんどである。ビンディングともよばれる。主流はステップイン(踏み込み)式で、トーピースに靴の先端を入れ、ヒールの部分は踏み込むだけで固定される。このほかレバー(ワンタッチ)式やプレート式(ブーツの下にプレートが前後に通っている)もある。専門知識・技術をもった者による正しいアジャストが傷害予防には必要である。[福岡孝純]
ストック
ほとんどがアルミニウム、ジュラルミンやカーボンファイバーのテーパー仕上げとなった。性能は甲乙つけがたいが、バランスのよいものが必要。長さは、逆に立ててリングが腰の辺りになる短めのものがカービングスキーには適当。[福岡孝純]
ウエアその他
用具のほかに必要な用品としては、帽子、サングラス(ゴーグル)、アンダーウエア(タートルネックシャツ、タイツ)、アノラック(ウィンドブレーカー)、ジャケット(ダウン、キルト)、スキーパンツ、手袋など種々あるが、スキー行の規模・目的などにより調える。ウエア類は機能とくに保温性、活動性、防水・防風性などに重点を置く。なお、クロスカントリーにはそれぞれ専用のものがある。[福岡孝純]
『福岡孝行・福岡孝純著『スキー』(1976・ベースボール・マガジン社) ▽日本職業スキー教師協会編『SIAスキー教程』(1996・実業之日本社) ▽全日本スキー連盟編『日本スキー教程』(1998・スキージャーナル) ▽全日本スキー連盟教育本部編著『教育本部 スキー指導と検定 2013年度』(2012・スキージャーナル) ▽日本職業スキー教師協会著『SIA公式スキー&スノーボードメソッド』(2012・芸文社)』

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世界大百科事典内のスキーの言及

【着陸装置】より

…航空機が地上にあるときその脚になる部分で,降着装置ともいう。離着陸の際に滑走しなければならない飛行機では車輪式が多いが,ヘリコプターやグライダーではそりを利用したそり式着陸装置もよく見られ,また雪上ではスキーが用いられることもあり,水上機には舟形をした浮きのフロートfloatが使われる。エアクッション式の着陸装置も研究されている。…

※「スキー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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