皇子塚(読み)おうじづか

日本歴史地名大系 「皇子塚」の解説

皇子塚
おうじづか

[現在地名]名田庄村虫鹿野 挙原

挙原(あげはら)集落の西方約六〇メートルにある。人頭大の自然石を積上げた、約二・五メートル四方、高さ約一メートルの方形の石積遺構で、ほぼ中央に五輪塔がある。遺構の年代・性格は不明。伝説によれば、履中天皇の皇子市辺押磐皇子の墓といわれ、いつの時代からか春秋二回(旧暦三月二一日・七月二一日)皇子塚講が開かれ、塚の前に餅を供えて「みつむねの皇子さま」ととなえて拝む村人の信仰があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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