広義の離村は農村住民が居住する農村を離れて、他地域に移住することをいう。通例、農村住民の中心は農民であるが、時代と場所により、手工業者、商人、労働者、職員など多様な社会階層がここに含まれる。また、移住先は農村と対比される都市をさすことが多いが、他の農村や他の国をさす場合もある。したがって、ゲルマン民族の大移動も一種の離村と見なすことができるから、離村は人類の発生とともに古い社会現象だといえる。
しかし、一般的には農耕定住社会であった封建社会から近代資本主義社会への移行期以降、農村住民の中心である農民が都市の商工業等へ就業先を変えるのに伴って移住する現象をさすことが多い。なぜなら、封建社会では職業や居住地選択の自由はなく、農民は農村において農業を営むことを強制され、土地に緊縛されていたから、離村は飢饉(ききん)などによって強制された難民的移住や封建領主の政策に基づいた国内植民(開墾、新田開発等)を除けば、逃散(ちょうさん)、夜逃げ、逃亡といった散発的なものに止まっていたからである。これに対し、資本主義は営業の自由に象徴される資本と労働力の結合・移動・立地の自由を旗印として発展したのであり、労働力に職業・居住地選択の自由を与え、広範な農民の離村離農を制度的に保証するものでもあったから、恒常的な社会現象としての離村は資本主義の形成とともに始まったといえる。
[谷口信和]
離村には以下の基本的形態があり、時代と地域によって異なる意義を有している。
(1)永久的離村 農家世帯員が永久的に村外に移住し、他産業に就業する場合をいう。ここでは世帯員全員が離村する挙家離村と世帯員の一部が個人離村する場合に分けられる。
(2)回帰的離村 農家世帯員の一部が、一時的に村外に移住し、他産業に就業するが、一定期間後に帰村する場合で、出稼ぎともよばれる。杜氏(とうじ)や建設労働者のような季節的なものから、紡績女工のように数年にまたがるものまでが含まれる。
(3)移民 村外の移住先が植民地や外国の場合で、農民としての入植や農業労働者としての移住など、農業への就業の場合が少なくない。日本では灌漑(かんがい)・排水施設を備えた水田農業を基礎とするため、農民の農村への定着性が高く、畑作社会たるヨーロッパに比べて、離村に占める移住の意義が相対的に小さい。
[谷口信和]
第二次世界大戦前の日本では農家数550万戸、農業就業人口1400万人、農地面積600万ヘクタールの「三大数字」が固定的であることが指摘されてきた。これは農家人口が毎年40万人増加しながらも、ほぼ同数が次三男労働力として永久的に個人離村する一方、長男は離村せずに就農して家を継ぎ(それゆえ挙家離村が少ない)、女子は紡績女工によく示されるように回帰的離村をし、帰村後に農家または非農家に嫁ぐという構造が支配的だったからである。長子一括相続に基づく家父長制的家族制の下で、離村には世帯員の地位による厳然たる形態の差が存在していた。
第二次世界大戦後、離村は1950年代のダム開発による集落の水没や引揚者の山間地域への入植の失敗による挙家離村を起点として始まった。しかし、1955年(昭和30)以降の高度経済成長過程での地すべり的人口移動は「民族大移動」とも称され、日本の離村の歴史に新たな一ページを記した。1962年の全国総合開発計画から本格化した地域開発は太平洋ベルト地帯を中軸に臨海コンビナート建設を目ざすもので、大量の労働力を農山漁村から吸引した。平野の周辺部から山間地に至る、まとまった平坦(へいたん)な耕地が少ない中山間地域からは挙家・個人離村の形であらゆる労働力が、大都市からの遠隔地・平場農村からはまず次三男・女子の若年労働力が個人離村の形で、ついで、後継者・世帯主が回帰的離村(出稼ぎ)の形で流出し、これらの地域に過疎問題を、都市側に過密問題を引き起こすことになった。1961年制定の農業基本法は「離農→離村→残った専業農家の規模拡大」という発展コースを想定し、北海道ではこれがある程度実現されたものの、都府県の中山間では「離村→農業衰退」となった地域が続出した。1973年以降の低成長経済下では出稼ぎが激減し、在宅兼業などにとってかわられているほか、1990年代以降には新規就農も含め、帰農・帰村の動きもみられるが、中山間地域では離村に伴う過疎化が依然として進行している。
[谷口信和]
『福武直著『日本農村の社会問題』(1969・東京大学出版会)』▽『安達生恒編著『最新農村事情』(1986・柘植書房)』▽『農林統計協会編・刊『農林水産文献解題27 中山間地域問題』(1992)』
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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