目尾村(読み)しやかのおむら

日本歴史地名大系 「目尾村」の解説

目尾村
しやかのおむら

[現在地名]飯塚市目尾

遠賀おんが川の左岸に位置し、南西柳橋やなぎばし村、南東は同川を挟んで嘉麻かま鯰田なまずた村。長崎街道が通る。民居は本村薙野なぎのはしおり小町・向ノ山にある(続風土記拾遺)。暦応五年(一三四二)三月一七日「よりしけ」は「かめわう御せん」(亀王御前)に、「ほなミのしやうしやくわんのをミやう」(穂浪庄目尾名)のうち「あてのきした」を譲与している(「よりしけ譲状」旧記雑録/南北朝遺文(九州編)二)。「よりしけ」は薩摩渋谷氏の一族高城氏、あるいは寺尾七郎頼重と推定されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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