出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…中国の北部,黄河下流の北に位置する省。南東部は平原で渤海湾に臨み,西と北とは山地に囲まれ,北西部にモンゴル高原の一部を含む。面積18万7700km,人口6484万(1996)。この中には中央直轄の北京・天津両市の面積・人口は数えられていない。11地級市,23県級市,109県,6自治県からなり,省都は石家荘市。西高東低の地勢で,高原と山地が全省の約3/5,平原が約2/5を占め,山東・河南・山西・遼寧の諸省,内モンゴル自治区と隣接している。…
…行省の長官は平章政事といった。 明は最初国都南京の周辺を直隷省とし,全国を北平,山東,河南,山西,陝西,江西,湖広,四川,浙江,福建,広東,広西の12省に分け,のち雲南,貴州を加えた。さらに永楽帝の北京遷都とともに北平を北直隷,南京周辺の直隷を南直隷に改めた。…
…ここで主導権争いから国共分裂となり,北伐は一時中断されたが,やがて南京政府に拠る蔣介石がイギリス,アメリカなどの支援もうけて支配権を確立し,28年4月北伐を再開した。25万の国民革命軍は途中で日本の山東出兵(済南事変)による妨害をうけたが,6月には安国軍をひきいる張作霖を走らせて北京を占領した(占領と同時に北京は北平に,直隷省は河北省に改名された)。日本は無用となった張作霖を爆殺して東北の支配をはかったが,子の張学良が同年末〈易幟(えきし)〉(旧来の国旗五色旗を青天白日旗にかけかえて国民政府の支配に服するとの意思を表示すること)を断行して北伐は完了をみた。…
※「直隷省」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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