相内館跡(読み)あいないだてあと

日本歴史地名大系 「相内館跡」の解説

相内館跡
あいないだてあと

[現在地名]南部町相内 荒屋敷

相内の東南馬淵まべち川に注ぐ小流の左岸台地馬淵川に突き出した場所に位置する。東と南は低地、西は沢地、北は道路を隔てて丘陵地続きとなる。低地との比高約二〇メートル。寛政年間(一七八九―一八〇一)の「邦内郷村志」に「一夜堀館 又曰花見館、光行公国初命蛇沼、而相米助右衛門屋敷一夜堀出来、居住此処故名之」とある。築城年代や館主は不明であるが、天正二〇年(一五九二)の諸城破却書上や慶長三年(一五九八)の館持支配帳にみえないので、この頃すでに廃棄されていたものとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む