相国寺門前町(読み)そうこくじもんぜんちよう

日本歴史地名大系 「相国寺門前町」の解説

相国寺門前町
そうこくじもんぜんちよう

上京区烏丸通上御霊前下ル

相国(しようこく)寺総門前より御所の今出川門に至る間、及び総門前を西に折れて烏丸(からすま)通に至る間をいう。もとは相国寺門前・大門町・鹿苑院門前東町・同西町・九軒町・二本松町・石橋横町であった。文久二年(一八六二)、その南部が薩摩藩邸になった時、相国寺門前町と石橋町の二町に分れたが、明治二年(一八六九)石橋町を相国寺門前町に合併し、一町となった。町域内に相国寺と同志社大学がある。

中世には、応永三二年(一四二五)一一月一〇日付酒屋交名(北野天満宮史料)から、この辺りに酒屋があったことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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