相川新村(読み)そうごしんむら

日本歴史地名大系 「相川新村」の解説

相川新村
そうごしんむら

[現在地名]松任市相川新町

相川村北西にあり、西は日本海に面する。村内を御手洗みたらし川が流れる。元和三年(一六一七)宗八郎・弥兵衛・三右衛門の三名が砂丘地を開墾し、高一〇一石余を得て村を立て、名を付けたとされる(「村立初帳」御手洗の歴史)正保郷帳には村名がみえないが、相川村の新田分三九九石余(免二ツ九歩)を当村分とする説もある。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では高三七八石、免三ツ二歩、小物成は外海引網役六五匁(うち二六匁出来)、鳥役四五匁(ただし鷹場につき免除)、尻巻網役一〇匁(出来)、猟船櫂役一〇匁(出来)、六歩口銭一匁四分(出来)であった(三箇国高物成帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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