相楽郷(読み)さがらかごう

日本歴史地名大系 「相楽郷」の解説

相楽郷
さがらかごう

「和名抄」高山寺本は「佐賀良賀」、刊本は「佐加良加」と訓ずる。

「日本書紀」欽明天皇三〇年七月条に「高麗の使者を相楽の館に饗たまふ」とみえ、同書敏達天皇元年五月条にも、高麗の使者の所在を記して「相楽の館」がみえる。また「続日本紀」天平一二年(七四〇)五月一〇日条に「天皇幸右大臣相楽別業」とみえ、相楽には橘諸兄の別業が営まれていた。このほか「類聚国史」には天長八年(八三一)一二月九日のこととして「相楽山陵令掃清読経、為祟也」とみえ、「延喜式」(諸陵寮)には「相楽墓」が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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