真ヶ沢村(読み)まがざわむら

日本歴史地名大系 「真ヶ沢村」の解説

真ヶ沢村
まがざわむら

[現在地名]西会津奥川おくがわ飯里いいざと

奥川を挟み小山こやま村の対岸東方に位置する。耶麻郡吉田組に属し、南西中町なかまち村。真箇沢・真賀沢などとも記す。古くは曲沢まがりざわ村と称していたが、寛永九年(一六三二)頃真ヶ沢と改めたという(寛文五年「吉田組風土記」など)。曲沢の名は村の南部が屈曲した山沢であったことに由来するという(新編会津風土記)越後街道脇道の一、奥川通が通る。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録には曲沢とみえ、高二八七石余。寛永二〇年には会津藩領一二ヵ所の一として当村に高札場が設けられている(家世実紀)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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