真亀村(読み)まがめむら

日本歴史地名大系 「真亀村」の解説

真亀村
まがめむら

[現在地名]九十九里町真亀

不動堂ふどうどう村の南方に位置し、真亀川が当地の浜で海に注ぐ。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に村名がみえ、高三二七石。慶長一八年(一六一三)知行宛行状で真亀村三二七石余などが旗本妻木氏に与えられた。正保国絵図では高三三七石。寛文八年(一六六八)の鷹場五郷組合帳では真亀組に属する。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では高三五一石余、家数一〇八、妻木領のほかに幕府領がある。安永年間(一七七二―八一)に新田開発があり、同村高帳には別に高二石余の真亀新開が記され、家数二三、幕府領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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