真和志村(読み)まーじむら

日本歴史地名大系 「真和志村」の解説

真和志村
まーじむら

[現在地名]那覇市首里真和志町(しゆりまわしちよう)一―二丁目・首里山川町(しゆりやまがわちよう)一丁目

首里城の西に位置し、東から北は町端(まちばた)村・山川(やまがー)村、西は大飩川(うどうにがー)村、南は金城(かなぐしく)村・寒水川(すんがー)村、真和志(まーじ)之平等のうち。首里古地図では首里城正面を通る綾門大(あいじよーうふ)道に建つ坊門、守礼(しゆれい)門と中山(ちゆうざん)門に挟まれた北側の区画。城下で最も重視された一帯で、南北道によって四区画に分けられる。このうち中山門側に琉球王の世子殿である中城(なかぐしく)御殿と名門の金武按司屋敷、その東区画に琉球王の別邸大美(うふんみ)御殿および美里(みさと)御殿・浦添按司屋敷、和紙の原料の梶木植所、その東区画には南北を軸にして三〇の中小屋敷地に分割され、平良掟親雲上・国吉筑登之・中村渠掟親雲上や「女みやへ」「男五ら」などの屋敷がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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