真境名村(読み)まじきなむら

日本歴史地名大系 「真境名村」の解説

真境名村
まじきなむら

[現在地名]大里村大城(おおしろ)

大里(うーざとう)間切の東部に位置し、南は稲福(いなふく)村、北は西原(にしばる)村、東は佐敷(さしち)間切小谷(うくく)村(現佐敷町)。絵図郷村帳・琉球国高究帳に島添大里(しましーうーざとう)間切「まざけな村」とあり、「琉球国由来記」には大里間切真境名村とみえる。高究帳によると高頭四四石余、うち田三六石余(うち永代荒地五斗余)・畠八石余。間切集成図には西原村の南に並んで描かれ、集落内に樋川がみえる。馬場(長堂原馬場)が集落の後方近くにある。当村を領した地頭職には康熙一三年(一六七四)に翁氏六世翁宗娶真親雲上盛武が任じられ(翁姓永山家家譜)、乾隆二二年(一七五七)に向氏真境名親雲上朝孝がいた(「中山世譜」附巻)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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