真岡城(読み)もおかじょう

日本の城がわかる事典 「真岡城」の解説

もおかじょう【真岡城】

栃木県真岡市にあった中世の連郭式の平山城(ひらやまじろ)。宇都宮氏の家臣の芳賀氏の居城。真岡城の築城者、築城年代には諸説あるが、鎌倉時代末期に芳賀高貞が築城して御前城から居城を移し、芳賀高継が1577年(天正5)に北条氏の侵攻に備えて、城の大規模な整備を行ったとする説が有力になっている。主家の宇都宮氏は1597年(慶長2)に豊臣秀吉により改易となるが、それに伴い、真岡城も廃城となった。江戸時代に入り、真岡城跡の一部が代官所として利用された。城跡は現在、城山公園と真岡小学校の敷地になっている。空堀の遺構は失われてしまったが、公園内には土塁や堀跡のほか、郭を取り囲んでいた腰曲輪(こしぐるわ)が比較的良好な状態で現存している。真岡鉄道真岡駅から徒歩約5分。◇芳賀城とも呼ばれる。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

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