日本歴史地名大系 「矢野竹村」の解説 矢野竹村やのたけむら 福岡県:甘木市矢野竹村[現在地名]甘木市矢野竹・美奈宜(みなぎ)の杜(もり)四―六丁目西流する佐田(さだ)川を挟んで荷原(いないばる)村の北に位置する。下座(げざ)郡に属し、西は田代(たしろ)村、東は上座郡佐田村。村域は十石(じつこく)山(五一三・三メートル)の南麓、佐田川中流域の山間部に展開。枝郷に角枝(つのえだ)村がある(続風土記)。古くは矢篦竹と記したといい(続風土記附録)、矢篦(田圃志)・屋野竹(慶長石高帳)とも書いた。江戸時代を通じて福岡藩領。文禄四年(一五九五)「みなきの内屋の竹村」三六石余などが堀田初左衛門尉に与えられている(同年一二月一日「羽柴秀俊知行宛行状」保井芳太郎氏所蔵文書)。小早川時代の指出前之帳では矢野竹村の田二町二反余(分米一六石)・畠五町二反余(分大豆二一石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高一五五石余、うち大豆九一石余(慶長石高帳)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by